米中が競い合った北京APEC

アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき

加瀬 みき実利的関係に落ち着く

「新大国関係」米政権は禁句

 北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)および米中首脳会談は、アメリカと中国という二大大国が両国間関係を模索すると同時に、それぞれが世界の長という立場を国内外で競う場でもあった。中国はAPECを前にスモッグを一時的に消すだけでなく、首脳たちを飾る衣装から、写真の背景という細かな点にいたるまで舞台を整える大変な準備をした。エコノミスト誌は、習近平主席が首脳を迎える際にはまるで訪問客が皇帝に謁見するかのように歩み寄り、習主席がそれをおごそかに迎える計算がなされていた、とまで分析する。

 米中はサミットで予想外の成果を上げたといえる。まず温暖化ガス排出量削減に合意した。米国は温暖化ガス排出量を2025年までに05年と比べて26~28%削減するという目標を、一方、中国は国内の二酸化炭素(CO2)排出量を2030年ごろをピークに減らす方針を明らかにした。スーザン・ライス国家安全保障担当補佐官やジョン・ケリー国務長官の根気の入った地道な交渉のたまものとされる。

 しかし、交渉と言っても中国側は自国の経済発展とのバランスから排出量のピークを算出した国内目標数字をこのタイミングで発表しただけとされる。あるいは、合意といっても何の縛りもなく、実現を強制する手段はないなどといった批判はある。だが、世界の二大空気汚染国が数字を挙げた目標に合意し、世界に発表したのは初めてであり、米国内の環境対策反対派が中国を理由に足を引っ張り続けるのを難しくし、国際的にも環境対策促進剤となるとみられる。

 また両国の戦闘機の異常接近など偶発的事故が心配される中、演習など主要な軍事活動を行う際には相手国に通知すること、そして両国の海軍が遭遇した場合の行動規範に合意した。さらには双方が観光および商業ビザを1年から10年に延長、学生ビザを1年から5年に延長、医療機器や衛星利用測位システム(GPS)機器などハイテク製品にかかる関税撤廃に大筋合意した。

 他方にらみ合いが解消しない分野も明らかである。中国はアメリカが進める環太平洋パートナーシップ(TPP)構想に対抗し、APECの場でアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)構想を首脳宣言に盛り込み強調した。日米主導のアジア開発銀行に並行しアジアインフラ投資銀行、世界銀行や国際通貨基金(IMF)と並行して新開発銀行設立も提案している。

 サイバー問題では、アメリカは中国が商業機密を盗み、国家機関のコンピューターをハッキングしているとするが、中国はアメリカも盗聴を繰り返しているとして何ら反省も行動の変化もなく、両国の立場は平行線をたどるばかりである。ましてや香港の民主化運動や少数派民族の扱い方では溝は埋まることはない。オバマ大統領は訪中時にいずれにも触れたが、大きな問題として取り上げることは避けた。「テロ対策」にしてもアメリカにとってはアルカイダや「イスラム国」(IS)を意味するが、中国は政府に対抗するウイグルなど少数派をテロリスト扱いする。

 中国はアメリカと「新たな大国間関係」を築くことを目指し、指導者や高官が機会あるごとにこの言い回しをする。しかし、アメリカは中国をアメリカと対等の大国と認めることになるのを恐れ、政権内では今や「新たな大国間関係」は実質禁句となっている。

 サミット後の両首脳の共同記者会見が両国のずれをまざまざと表した。アメリカ大統領にとっては他国首脳との共同記者会見は常である。しかし中国は違う。09年のオバマ大統領の訪中時には記者会見は行われず、オバマ大統領が中国側にうまくやられた一つの例とされた。今回はアメリカ側の必死の交渉の結果、両首脳が一つずつ質問に答えることになったが、習主席は毛沢東と同じく、メディアというのは党の必要な手先とみなしているといわれ、中国政府は主席が記者の質問に答えなくてはいけないという設定にいたく腹を立てたとされる。記者会見の様子は中国では報道されなかった。

 一方、アメリカ議会や有権者も大統領が中国に甘い顔をするのをよしとしない。オバマ大統領は09年の初の訪中時には国内外でまだ高い支持率を誇っていたが、それでも中国に対する宥和(ゆうわ)的な姿勢に対しアメリカのメディアや市民がこぞって憤りを示した。ましてや支持率が下がり、米中関係が荒波に打たれている今、習主席に舐(な)められたかのようなイメージを生むことはできない。

 ゆるぎない中華思想が国家の繁栄とともにますます強くなる中国、自国は神に選ばれた特別な国と信じる唯一の超大国アメリカ。両国は世界の長の地位を争っているが、競っているのは単に地位だけではなく、政府と国民の関係、法の在り方、人権など思想や世界秩序の在り方そのものである。

 この両国は、いかに協議を重ねても合意どころか理解し合うのが無理な分野があることを認めたようである。同時に、それぞれ自国の社会や経済あるいは世界的威信のために制限的な協力が望ましい分野もあることも分かっている。北京でのオバマ・習の駆け引きは、米中が計算づくの実利的関係を築くことで了解し合ったことを確認した舞台でもあった。

(かせ・みき)