マレーシア機撃墜の惨劇
アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員 加瀬 みき
プーチン露大統領に責任
原因はウクライナ東部支配
ウクライナ東部でマレーシア航空機(MH17便)が撃墜され、子供80名を含む無実の民間人298人が死亡した。地対空ミサイルで撃たれたのはほぼ間違いなく、オバマ米大統領は「言葉にもならないほどの非道」と強い言葉で非難した。
犯人は先の選挙で選出されたポロシェンコ大統領のウクライナ政府を認めず、ロシアとの併合をめざす親ロシア武装勢力と考えられる。衛星やソーシャルメディア等から武装勢力がミサイルを発射したという証拠が幾つもあがっている。まず、ミサイルは武装勢力が支配する地域から発射された。ウクライナ上空のアメリカの衛星が、MH17便撃墜直前に移動式ミサイル発射機のレーダーが飛行物体を追ったのを探知している。そしてMH17便が撃墜された直後には反乱指導者の一人であるイゴール・ストレルコフが「飛行機を撃ち落とした」と誇らしげにソーシャルメディアで発表した。
親ロシア武装勢力は、今になると1万㍍上空の航空機を攻撃する装備を持たないと主張しているが、その数日前には輸送機AN26を撃墜したばかりでなく、ロシア製のブク地対空ミサイルを入手したと6月末にツィートしていた。武装勢力指導者やロシア軍参謀本部情報総局(GRU)との会話がウクライナの諜報(ちょうほう)機関により録音されていたが、その中には「飛行機が撃ち落とされた」「テレビではAN26と言っているが、機体の残骸にはマレーシア航空と書かれている」というものが含まれている。
何故外国の民間機が狙われたのか。上記の会話、ストレルコフの文面にもAN26を撃ち落としたと書かれていることから、ウクライナ政府軍の輸送機と勘違いしたというのが有力説である。ブク地対空ミサイルが飛行物体を正確に判定し撃ち落とすには、二つの種類のレーダーが必要だが、武装勢力は物体を追うレーダーを所有していても、一定範囲の空域に飛んでいる機体をスキャンするレーダーを所有していないであろうと分析されている。
わずかな可能性ではあろうが、武装勢力はロシアをより深く巻き込むために、ウクライナ政府軍の機体であるかどうか関係なく撃ち落としたという分析もある。これは武装勢力にとってここのところ情勢が不利になっていること、元GRUであるストレルコフが7月初めに「ロシアから直接的な軍事支援がなければ、ウクライナ政府は持てるあらゆる手段を用いてくる」と、ロシア軍が軍事的関与を深めることを求めていたことから流れる仮説である。
今はMH17便撃墜が武装勢力によるものとの証拠となるようなソーシャルメディアへの記載は消え、ブク地対空ミサイルは闇の中ロシアへ移動された。しかし、ウクライナの武装勢力がロシアからの武器や人材、諜報なしに反政府武力活動を行えないのは明らかである。
一方、ロシアのプーチン大統領やセルゲイ・ラブロフ外相は、反ウクライナ武装勢力がMH17便を撃墜したことを否定してはいない。しかし、停戦を申し出、実行したのはウクライナ政府側であり、それに同意しなかったのは反政府武装勢力であるにもかかわらず、悲劇の原因はウクライナ政府にあると主張している。そしてロシアはクリミア侵攻時もウクライナ東部の反政府・独立運動支援にしても、正々堂々とした行動をとっていない。装備から誰が見ても明らかにロシア軍と思われる兵士は階級章や勲章を外し、多くがマスクで顔を隠している。
プーチン大統領はソ連邦時代のような強いロシアを望み、ロシア人の住む地域を併合するのを目指すことを演説でもはっきりと述べている。さらに副首相ドミトリー・ロゴジンは、ロシアはロシア人の血が流れた土地を所有する権利があるとまで豪語している。クリミア併合はその一歩であり、簡単に目的を成し遂げた。しかし、ウクライナ東部となると住民の意図、ロシアにかかる経済的負担などプーチン大統領の夢にはだかる現実はきびしい。
親ロシア武装勢力による民間機撃墜は、プーチン大統領にとって計算違いだった可能性は高い。しかし、この事態を招いた責任がプーチン大統領にあるのは間違いない。オバマ大統領は、MH17便を撃墜した責任がロシアにあるとまでは述べていない。しかし、反政府武装勢力が支配する地域からミサイルが発射され、武装勢力はロシアから武器や武器運用訓練を受けているとロシアの責任を間接的に明らかにしている。オーストラリアのアボット首相は、自国が供与した対空防衛装備が人命を奪ったことを恥ずべき、とウクライナ政府に責任を押し付けるロシアに激しい怒りをぶつけた。
それに比べ、欧州連合(EU)の姿勢はまだ歯がゆい。ロシアがどのような態度を示すか、責任を認め、武装勢力への支援を停止するかは、ロシアと政治、貿易関係の深いEUが一致して、ロシアの責任を追及するかにかかっている。プーチン大統領の無謀で国際社会のルールに反し、欧州に混乱や暴力、そして他国の人々の死も招く時代錯誤な夢を終わらせるには、アメリカ、EUそして国際社会が団結し、ロシアに本当のレッドラインを示す必要がある。(敬称略)
(かせ・みき)





