災害に強いまちづくり
愛媛大学名誉教授・元愛媛大防災情報研究センター長 矢田部 龍一氏に聞く
豪雨などの災害が増える中、行政からの避難情報を受けても避難行動を起こさない、人々の防災意識の問題が指摘されている。愛媛大防災情報研究センター長時代から地域や学校での防災教育に取り組んでいる矢田部龍一・愛媛大学名誉教授に災害に強いまちづくりを伺った。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)
地域挙げ命守る人づくりを
小学生から高齢者まで切れ目なく
最近、災害報道が一変しました。

やたべ・りゅういち 山口県出身。京都大学大学院を経て1992年、愛媛大学助教授になり、教授、理事や副学長、2011年から防災情報研究センター長を務め、17年に定年。専門は地滑りで四国全域の斜面崩壊対策に取り組む一方、小学校から大学、社会人の防災教育の普及に尽力し、ネパールの防災教育にも情熱を注いでいる。
6月30日夜から7月1日朝にかけての鹿児島豪雨でNHKが「自らの命は自らで守ってください」と放送したのが画期的でした。気象庁をはじめ災害報道が一転したからです。きっかけは、230人を超える犠牲者が出た昨年7月の西日本豪雨です。もともと災害対策基本法では行政が国民の命と財産を守るというスタンスでしたが、1995年の阪神・淡路大震災では結果的に公助があまり機能しませんでした。そこで、自助・協助、特に協助がクローズアップされ、歴史的な転換点になりました。
気象庁では今年5月から、大雨や洪水時の防災気象情報や市町村の避難情報に、危険度に応じた5段階の「警戒レベル」を加えています。避難勧告などの情報が理解されず、住民が逃げ遅れた反省から、避難のタイミングを示すためです。
国は中央防災会議の議論を基に、警戒レベルを最高レベル5の「命を守るための最善の行動を取る」から、レベル1の「災害への心構えを高める」まで5段階に区分し、警報級の大雨が数日中に降るとの予報が出る場合は「1」、大雨注意報と洪水注意報などは「2」としました。避難準備・高齢者等避難開始は「3」、「避難勧告」と、重ねて避難を促す「避難指示(緊急)」は「4」で、レベル4までに避難行動を取る必要があります。
最高の「5」は既に災害が発生しているか、数十年に1度の大雨を受けた特別警報が出た段階で、避難所ではなく、建物の2階に上がるなどして命を守ることが求められます。
避難勧告が出ても、実際に避難したのは数%でした。
従来は広い地域の雨量を基にした勧告で、多くの場合、住民の80~90%は安全です。がけ崩れでつぶされる家は崖下の数軒、土石流が起きても被害を受けるのは谷の入り口近くの数十軒です。しかし、特定地域の人たちに情報を流す仕組みはできていません。そのため、避難勧告が出ても逃げない人が大多数で、昨年の西日本豪雨では避難が遅れて命を失った人が大量に発生したのです。そこで、自らの命は自らで守ってくれという原則に戻らざるを得なくなりました。
非常にシンプルです。
災害に対して取るべき行動はもともとそうなのです。ところが、被災経験のない人たちは災害に対する知識が乏しく、背景には戦後70年の国民意識の変化があります。戦前の日本人には、自分の命は自分で守る、地域の安全は地域で守るという意識が強くありました。ところが戦後、家父長制度がなくなり、個人主義的な性向が強まったことにより、家族や地域共同体の絆が弱まっています。
さらに、行政に依存する傾向が高まり、いざとなれば国が何とかしてくれるだろうと思うようになったのです。しかし、当然ながら行政にも限界があり、行政頼みでは命が失われてしまうという経験を積んだことで、本来の在り方に戻ったわけです。
堤防はいくら高くしても決壊はあり得るし、越流とはけた違いの洪水になるので、家を押しつぶし、死者が発生します。ですから、堤防ができて安全だと思い、避難が遅れるようになると、むしろ危険が増すことになります。加えて近年は地球温暖化の影響で異常気象が頻発するようになり、従来の防災対策では追い付けなくなったのです。
意識転換は可能ですか。
最近の鹿児島豪雨で避難勧告に従い避難した住民は0・3%でした。避難勧告が出ても自分では危険だと認識していないからです。認識するためには、平時より災害リスクや避難行動などを学習しておく必要があります。さらに、地域で声を掛け合うには、防災リーダーの下、避難計画の作成や避難訓練を行い地域の防災力を高め、災害時には自らの判断で避難できるようになっていなければなりません。
東日本大震災では「津波てんでんこ」が言われました。
今は数時間から数十分前までに警告が出されますから、てんでんこではなくみんなで一緒に逃げることができます。私は個人主義を助長するより、家族や地域を守る大切さを強調したい。
私が今始めているのは、学校防災教育を通して住民に「自らの命は自らが守る」という主体的精神を持たせ、さらには「家族と地域を守る」という公的精神を育成する活動です。
具体的には?
松山市では今年から4年計画で全世代型防災教育に取り組んでいます。地域防災活動に熱心に取り組んでいた海岸部の高浜地区では、昨年の豪雨災害で土石流が発生したのですが、犠牲者はゼロでした。野志(のし)克仁(かつひと)市長は公約に「小学生から高齢者に至る切れ目ない防災教育」を掲げ、今年10月から市内の小・中・高校で実施します。防災士の資格を持つ約100人の学生を防災リーダーに育て、市民の防災指導者100人の計200人で学校防災教育を行う。学生防災リーダーは地元に就職すると、地域や学校、企業の防災活動のリーダーになります。
要は人づくりですね。
地方創生には人材を地方に定着させることが必要で、学生時代から防災を通して地域活動に参加することがそれにつながります。人間には人のため、社会のために役立つことをすると嬉(うれ)しくなる本性がありますから、活動しながら社会に役立つ人材に成長していきます。その意味で私は、防災教育は気概教育だと思っています。ノウハウは容易に手に入りますから、それを主体的に実践していくには公的な気概が必要です。





