強制不妊問題の徹底検証
優生思想に向き合うきっかけに
市民の人権擁護の会(CCHR)日本支部代表世話役 米田 倫康氏に聞く
旧優生保護法下で障害者らが不妊手術を強制されるなどした問題で、被害者に一時金を支給する救済法が先月成立した。人の生殖機能を奪うという深刻な人権侵害がなぜ長く続いたのか。同法は、国に対して、過ちを二度と繰り返さないよう調査の実施を求めている。精神医療による人権侵害の監視活動を行う「市民の人権擁護の会(CCHR)日本支部」代表世話役の米田倫康さんに、徹底検証の課題などについて聞いた。
(聞き手=森田清策)
深く関与した精神科医
被害者の大半は精神障害者
強制不妊救済法が成立しましたが、同法をどう評価しますか。

よねだ・のりやす 1978年、兵庫県生まれ。東京大学工学部卒。2000年から精神医学による人権侵害を調査・摘発し、メンタルヘルスの分野を改革する「市民の人権擁護の会」に参加。14年から日本支部代表世話役。
被害者に金を支払っておしまい、となりかねないことを危惧しています。中途半端な救済を望まない当事者もいるでしょう。救済も検証もセットになっていますが、検証が不十分なまま結論を迎えてしまうと、そこから何の反省も生まれない、本質的な問題を一切解決しない形骸化した法となってしまうでしょう。
逆に、徹底的な検証を実現するチャンスとして、この法を生かすこともできます。これを機に、国民一人ひとりがこの障害者差別の根本にある優生思想の問題に向き合うことにつながるのであれば、意義のある法となります。
強制不妊手術に対する精神医学会の関わりをどう見ていますか。
学会としての関与の有無などと矮小(わいしょう)化した調査にするのではなく、精神医療業界としての関与と責任について検証することが重要です。強制不妊手術と聞くと、知的障害者が主な対象だったというイメージを持っている人が多いと思いますが、実は精神障害者がその大半でした。
実際、精神科医は対象者の申請や判定というプロセスに深く関わっていました。特に、中央優生保護審査会や都道府県優生保護審査会の委員には、業界の重鎮たちが名を連ねていました。そのような重鎮たちは、精神医学会の幹部も兼任していたのです。つまり、精神医学会としての関与が薄かったとしても、それを運営する立場にある精神科医たちが深く関与していたということです。
ドイツ精神医学精神療法神経学会は、ナチス時代の障害者抹殺や強制不妊手術について徹底的な検証をし、2010年に公式謝罪しています。注目すべき点は、ナチス政権下の抗(あらが)えない空気の中でやらざるを得なかったのではなく、むしろ当時の学会幹部が自主的、積極的に実施していたことを明らかにしたことです。個人名を挙げて、具体的に誰がどのように関与したのかを細かく検証していたのが特徴です。
日本において必要なのはそのような視点です。まず、ドイツ精神医学を直輸入した東京大学を中心とした精神医学の系譜を検証し、強制不妊手術の政策や実施に関して、中心人物との関与を細かく追及することで、業界としての責任が浮かび上がってくるでしょう。そこで初めて精神医学会の責任が検証できる段階にくると思います。
市民の人権擁護の会は昨年秋、日本精神衛生会に公開質問状を出しましたが、その主旨と、公開質問状に対する回答は。
公開質問状では、日本精神衛生会初代理事長が「精神障害者の遺伝を防止するため優生手術の実施を促進せしむる財政措置を講ずること」と要求する陳情書を1953年に厚生省へ提出していた事実を指摘しました。その上で以下の質問を投げ掛けました。
「日本精神衛生会関係者によって優生手術が促進・実施されてきた過去について、またその結果として精神障害や精神障害者に対する差別・偏見を助長してきた責任について検証する予定はないのか。そして歴代の幹部や会員らの責任の所在を明らかにし、公式に謝罪表明する予定はないのか」
それに対する回答は、国民優生法および優生保護法と日本精神衛生会の関係に関する問題を検討する委員会を立ち上げ「意見を集約して公表する予定」というものでした。
人権擁護の観点から、現在の精神医学・医療の問題点はどこにあると考えていますか。
強制不妊手術の問題は、日本の精神医学・医療の本質を象徴しています。そしてその本質は何ら変わることがなく現在にまで受け継がれてしまっています。
端的にその構図を表現すると、①根拠に乏しい、しばしば差別的な基準がつくられる②その基準すら無視したデタラメな判定が現場で行われる③そのような判定によって患者の人権を剥奪することが正当化される④その強大で過剰な権限に対抗する手段がない――となります。
精神障害・発達障害はいまだ一つとしてその原因や発症メカニズムが特定されていません。診断は主観に頼らざるを得ず、客観的な診断基準や科学的な診断手法はいまだありません。ただ、科学的根拠が無いこと自体が問題なのではありません。
あくまで診断・判定は絶対的なものではなく参考意見の一つにすぎないという認識や同意が広がっているのであれば問題はありませんでした。問題は、根拠が無いにもかかわらず人権を剥奪できる強大な権限を持ってしまったことにあります。そして、たとえ誤っていてもそれを覆す機能がないことが被害を拡大させているもう一つの要因です。
現在でも、日本では毎日500人以上が強制入院させられていますが、かつて優生保護審査会が手術の乱用や人権侵害を防ぐ役割を担いながら単なる追認機関となったように、強制入院の判定が正しかったのかを検証する精神医療審査会の審査も形骸化しています。専門家の判定が絶対視され、人権が軽視されている現在の精神保健福祉システムを根本から変える必要があります。