お釈迦様のこと、説話で伝えたい

お大師さんと二人でこの道を

総本山善通寺前管長、樫原禅澄氏に聞く

 今年3月、善通寺管長を退任した樫原禅澄(かしはらぜんちょう)さんが住職を務める自性院常楽寺は、四国霊場第86番札所・志度寺の西隣にあり、境内には檀家だった平賀源内の墓がある。お大師さん(弘法大師、空海)生誕の地とされる善通寺の執行長・宗務総長時代から朝の説法を続け、その面白さにファンが多い樫原さんに話を伺った。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

真言の広い教えを法話で
電話で子供向けに、今も反響

真言宗のお坊さんはあまり法話をしないのですが、樫原さんが好んで法話をするようになったのは?

画像名

 かしはら・ぜんちょう 昭和15年さぬき市の生まれ。高野山大学を卒業し常楽寺住職に。平成20年3月総本山善通寺法主・管長に就任し、今年3月退任。気さくな庶民派で分かりやすい法話が人気。明るい社会づくり運動香川県東ブロック推進協議会会長を務めている。

 私が4歳の時、住職だった父が戦死しました。戦死した父に代わって寺を守っていた母に、浄土真宗のように法話をするようにと言われ話をするようになったのです。高野山大学の学生時代、地方に出掛けて子供を相手に仏教の話をしたのが役に立ちました。お釈迦様は相手に合わせて話をするのがうまく、子供にも分かるように話をしたそうですから。

 善通寺に行ってから20年ほど前、大人向けに加えて4分ほどの子供向けの「テレホン法話」を始め、毎月末に二つの法話をテープに吹き込みました。私が子供向けのを始めると、その記事が「デイリースポーツ」紙に出て、大阪にいた弟が送ってくれました。

 子供向けテレホン法話が珍しかったからです。一時は全国から月に200~300本の電話がありましたが、今は45本くらいです。

 高野山大学から常楽寺に戻ってきた昭和38年から、仏教の言葉を門前に張り出す「掲示伝道」から始め、話の練習をするため、隣町の老人ホームに出掛けるようにしました。広いホールでの話と、寝たきりの人がいる部屋を訪ねて話します。デイサービスに来る老人を対象に、市の主催で仏教会が法話をしていましたので、週に1回から4回話に行き、寺の法要の後でも法話をするようにしていました。

浄土真宗とは法話の内容が異なりますか?

 浄土真宗では地獄極楽の話が多く、南無阿弥陀仏を唱えていると極楽へ行けるのは間違いないが、他の宗旨では行けないとなりがちですが、真言宗ではそんな話はしません。お大師さんの教えは広くて、それぞれの段階で努力すればいいという考えですので、これでないといけないということは言いません。

 それに、死んでからよりも、生きているうちにいい世の中になる方がいいのですから、今の暮らしを極楽にするようにしようという話をします。

 イチロー選手のような一流の人は高僧と同じで、どこか悟ったところがあります。子供に話すのは、好き嫌いなく何でも食べないと体が丈夫にならないとか、バットやグラブなどを大事にして、三振してもバットを投げたりしない、気持ちを落ち着かせるため、バッターボックスに入る時決まった所作をするようにしていることなどです。

樫原さんが管長の間に、平成26年に四国遍路道の開創1200年が、翌27年に高野山の開創1200年があり、お遍路さんが増えました。

 去年は4年に1度の閏(うるう)年で、逆打ちで四国八十八カ所を回る人が増えました。しかし、その反動で今年は減少傾向です。昔はお寺さんの一行が多かったのですが、今は旅行者のツアーで来る人が増えています。

 善通寺にはここだけに勤めている坊さんがいますから、彼らが結婚できるくらいの給料は出すようにしないといけないので、参拝者を増やさないといけません。

 善通寺は信者寺で檀家はありませんので、宗派を問わず誰でも納骨できるようになっています。近頃は子供が遠くまで墓参りするのを避けるため、お寺の納骨堂に遺骨を納める人が増えています。

「四国八十八箇所霊場と遍路道」を世界遺産にしようという運動もあります。

 もし登録されたら、信仰でというより、観光目的で来る人でごった返すでしょうね。さぬき弁で言うと「わやになる」かもしれません。でも、まだ何か足らんような気がします。八十八カ寺をまとめるのは大変で、中には霊場会で決めたことを守らない札所もありますから、そんな状況ではかなり不利です。

外国人のお遍路さんが増えています。

 これからは外人向けに英語をはじめ複数の外国語で道案内や解説板を設置する必要があります。高野山でも外人が増えたので、朝のお勤めを英語でしようかという話もあります。

お大師さんの有名な話では、室戸岬の御厨人窟(みろくど)で修行をしている時、口に明星が飛び込んで来るという不思議な体験をしています。

 一生懸命に行をしていると、そんな体験をすることがあります。お大師さんが始めた真言密教には、浄土真宗などと違って神秘性があります。師から弟子へ教えを伝えるのも、肝心なところは口伝です。私は父が亡くなっていたので、師匠は志度寺の住職でした。

小さい頃、お寺でお釈迦様の話を聞いたり、紙芝居や地獄のスライドを見たりした人もいるでしょう。

 仏教説話にはお釈迦様の前世の物語などたくさんの種類があります。ジャータカは、お釈迦様が前世に菩薩として修行していた時、生きとし生けるものを教え導いたエピソードを集めた物語で、いろいろな動物も出てくるので子供向きですよ。

 日本では真言宗はお大師さん、浄土宗は法然さん、浄土真宗は親鸞さんとそれぞれの宗祖の話はよくするのですが、案外、源流になったお釈迦様の話はあまりしません。私はそれではいけないと思い、お釈迦様がどんな考えで仏教を興こしたのか説話で伝えたいと考えています。

お大師さんは優しく生き方のコツを説いています。

 お大師さんの座右の銘は「己の長を説くことなかれ。他人の短をいうなかれ、人に施しては慎んで思うことなかれ、施しを受けては慎んで忘るることなかれ」です。