「農業は農行」 農作業は修行!
アグリセラピーの可能性
喝破道場塾長 野田大燈師に聞く
瀬戸内海を見下ろす風光明媚(めいび)な高松市五色台。その山中の父親が残した土地に曹洞宗の寺「報四恩精舎」を建立した野田大燈さん。檀家もないため、不登校や非行青少年らを受け入れる財団法人喝破道場を開き、その後、社会福祉法人「四恩の里」や児童心理治療施設「若竹学園」を設立し、厚生労働省の委託事業「若者自立塾」を開設するなど、生きている人の仏教を実践している。そんな野田さんが今年度から「アグリセラピー」にも取り組むことになったという。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)
単調な作業が内面深める行為に/天地の呼吸に合わせ汗をかく
自身で苦悩解決に導く
アグリセラピーは農業療法という意味ですが、これに取り組むようになったのは?

のだ・だいとう 昭和21年香川県生まれ。大本山永平寺などで修行し、高松市五色台に喝破道場を建て、曹洞宗の宗教法人「報四恩精舎」、精神障害児短期治療施設若竹学園を開設。著書は『子どもを変える禅道場』(大法輪閣)など。
茨城大学農学部の中川光弘教授から研究への協力を求められたのがきっかけです。
中川教授はアジアの食料問題と持続可能な農村開発に関する研究などが専門で、日本学術振興会の科学研究費助成事業「農業・農村を基盤としたアグリセラピーを契機とした共生福祉社会の展開可能性」の研究代表者です。農業の持つ人間の生命機能や社会性を回復させる特性に着目し、それを実践するためのデータを若竹学園において収集しようという計画で、調査は学園の心理療法士が担当することになります。
中川教授は最近、「精神障害者の農業活動を通じた治癒と社会的自立の実証」「共生社会の創造と〈農〉の意義―農学からのアプローチ―」などを研究しており、アグリセラピーのデータを取るには自然環境に恵まれ、ハーブ園の運営やヤギの放牧などをしている若竹学園が最適だと判断したようです。
五色台の山の上という環境が注目されたのですね。
喝破道場は海抜400メートルの山の上にあり、最初に坐禅道場を開いたのですが、まさに無一物からの出発で収入はゼロ、自給自足で暮らすしかなく、そこから、「農業は農行である」ことに気づき、それを若竹学園の教育にも取り入れてきました。
中国で禅宗が山中で自給自足の暮らしをするようになったのは、大規模な宗教迫害を受けたからです。
「三武一宗の法難」と呼ばれる廃仏が代表的で、北魏の太武帝、北周の武帝、唐の武宗、後周の世宗による徹底した迫害がありました。そのため、高価な法具を用いる密教は滅び、簡素な禅宗や念仏宗だけが細々と生き残ることになります。
その中で禅宗では、作務と呼ばれる農業などの作業や精進料理を作る典座の作業も修行の中に組み込まれます。
禅宗というと坐禅ばかりしているように思われがちですが、生活禅と呼ばれるように、生活全般を修行と捉えるのが基本です。とりわけ農業は単調な作業の繰り返しが多いのですが、それを修行と思うことで、単なる作業が自分を深めるための意味のある行為になるのです。それを深めたのが江戸時代末期の二宮尊徳で、報徳仕法と呼ばれる農村復興政策を指導し、各地の農村を復興しました。
喝破道場では、当初から不登校児や非行青少年を受け入れ、禅的生活を通して彼らの回復、社会復帰を支援しています。
早朝からの坐禅・読経・食作法にのっとった食事・日中の「農行」などが、彼らの抱えている悩みや苦しみを自分自身で解決するのに効果的だったと思います。私は参禅者たちにも「喝破道場は変わるために修行する所です。いかに変わるかは『自分らしく、自分が自分になる』以外にありません」と話しています。
農行は天地のど真ん中にいて、天地の呼吸に合わせて汗をかきつつ、体全体で呼吸することです。そのことが心身を本来の姿に戻し、本当の自分を発見することにつながるのです。そんなことを体験的に感じていたのですが、中川教授からアグリセラピーの話を聞いて共感するところがありました。
中川教授のグループは、単なる農業療法ではなく、人々がそれぞれ背負っている苦しみ・悲しみ・憤りを解消するとともに、社会に対する免疫力を身に付け、自己を取り戻して、将来に向けて生きるエネルギーを獲得することだと考えています。中川教授との出会いで、「農業は農行だ!」と言ってきたことが独りよがりではなかったのです。
喝破道場には若竹学園が併設されていて、精神科医や看護師、臨床心理士、保育士、児童指導員などの専門職が発達障害児を支援していますので、農作業を通しての児童の変化を科学的測定し、その変化を追跡することができます。
一般の人たちへの応用も期待できます。
禅と農業を中心とした長期滞在型の癒やし空間の創設につながります。喝破道場には約1万坪のハーブ園にアニマルセラピーとしてのヤギ牧場も間もなく完成します。サヌカイトによる打楽器演奏や打楽器の制作、サヌカイトの粉末による磁器の制作など、癒やしのプログラムも多彩になります。
禅が発祥のマインドフルネスがアメリカから日本に導入され、集中力を高める瞑想(めいそう)法として人気になっています。
私が横浜市鶴見区にある曹洞宗大本山總持寺の後堂(修行僧の教育責任者)をしていた時、アメリカで開発された禅カウンセリングを導入しました。伝統的な禅も、時代の変化に応じてどんどん変わってきています。
最近、無料宿泊ヘンロ宿「五色台子どもおもてなし処」が開設されました。
四国八十八箇所第81番札所の白峯寺と82番札所の根香寺、83番札所の一宮寺への三叉路(さんさろ)が道場の近くにあり、不思議な縁でその土地を取得しました。調べてみると、空海が建立した寺があった所で、讃岐に流された崇徳上皇が京都の御所を遥拝した所でもありました。
そこで、若竹学園の子供たちがお世話する遍路宿にしたのです。男女別々の小屋に無料で宿泊でき、休憩用のベンチには自前のハーブティーが自由に飲めるようにしてあります。