口の中には「宇宙」がある
口腔からの「根本健康(R)」提唱
医学博士・歯科医師 岡村興一氏に聞く
人生100年時代に改めて注目されているのが口腔ケア。食物を咀嚼(そしゃく)し、声を発する口は生命活動の中心ともいえ、中高年になると歯のメンテナンスが大切になる。渋谷と二子玉川に歯科医院を開いている岡村興一(こういち)氏は、早くから東洋医学を取り入れ、根本健康としての口腔ケアを提唱し、実践している。その考えと取り組みを伺った。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)
人体のすべてを集約
口内治療が全身にも影響
歯科医師になったのは?

おかむら・こういち 1947年千葉県生まれ。東京歯科大学卒業。中国、台湾、韓国、スリランカ等で伝統医学を研修し、独自の健康観「根本健康」を確立。渋谷と世田谷の医院で診療するかたわら、私塾で啓蒙活動を展開している。
私が生まれ育ったのは千葉県北部の下総台地にある田舎で、豊かな自然環境で高校時代まで過ごしました。季節によって変わる水田、葦(あし)原に生息する美しいカワセミ、時々やってくる行商のおばさんの浜なまりの声など、身体感覚と自然環境がシンクロした環境でよく遊びました。
父は大正元年生まれで、歯科医学専門学校を出て満州の大石橋(だいせっきょう)にある満鉄の病院で歯科医長をしていて、戦後、歯科医院を開業しました。私は中高時代、患者と応対しながら診療に励んでいる父の後姿を見て、次第に医学系へ関心が向いていきました。
高校時代、父が見せてくれた谷口雅春の『青年の書』を読んで感じるところがありましたが、特に生長の家の信仰を勧めるようなことはありませんでした。
東京歯科大を卒業して長野県の新設歯科大学の小児歯科学教室に赴任しました。結婚して妻が妊娠し、これから頑張ろうと思っていた25歳の年末、突然強い腹部の痛みに襲われたのです。冷えからと思い患部を温め、鎮痛剤でやり過ごそうとしましたが治まらず、深夜にタクシーですぐ近くの病院へ駆け込みました。気が付くとベッドの上で、開腹手術により一命を取り留めたことを聞かされました。診断は虫垂穿孔性汎発性腹膜炎で、自信のある体にメスが入ったことで、私は「命って何だろう?」と考えるようになりました。
そこで、人間の生理をもっと知りたいと思い、アメリカに渡って最先端の近代歯科医療を学び、東洋医学の鍼灸(しんきゅう)治療や伝統方剤治療、養生医学などを学びに中国や韓国、香港、スリランカなどに行きました。今振り返ると、最先端の西洋医学と伝統的な東洋医学を学んだことが、私に非常に大きなものを残してくれたように思います。それが、私の提唱する「根本健康」の基礎になりました。
何を学んだのですか?
多くの方は、自分の健康は外部から獲得するものだと思っていますよね。しかし、私は、健康の根本は自分の中にあるものだと考えています。私は手術で傷を負いましたが、その傷を悔やんでも仕方がない。病や悩みを自分のライフスタイルに生かしていくのが健康です。サプリメントやランニングマシンなど外部に健康になる方法を求めがちですが、それだけではダメです。健康は今、ここにあることに気付くべきです。私のテーマは「全体」と「部分」、「東洋」と「西洋」、「心」と「体」、それぞれの対比研究の中から、この三つをテーマに医療を目指すようになりました。
診療スタイルの違いは?
特徴は、細部を見ることと全体を見ることを両立させていることです。口腔のスペシャリストですが、そこから全身を見るゼネラリストでもあります。口には全身の情報がある、口の中にコスモロジーがあるのです。口の中の治療が全身にも影響することを医師も患者も理解して、キュア(治療・処置)だけでなく、ケア(予防・援助)をします。最近は、それに加えてカフェ(増進・会話)が重要だと考えるようになりました。
東洋医学を用いた治療はどんなことですか。
技術的には漢方と鍼灸があり、鍼灸は理学療法に近く、歯の痛み、顔面の麻痺、口が開かないことなどを治療します。漢方は慢性疾患に使うことが多く、期間は長くなります。口には体全体の情報がここに集約しているので、体全体の病気の発露が口に表れていると捉えられます。患者にはうつ病や拒食症の人もいるので、心のケアも行います。
先生は五つの根本生理を提唱しています。
「発声・SOUND」「呼吸・POWER」「咀嚼・ACTIVITY」「接触・RELATION」「体動・MOTION」の五つです。この五つの生理が成長に伴って成熟し、衰弱して死に向かいます。
おぎゃーと発声して生まれ、呼吸を始め、おっぱいを頬張ることで咀嚼と接触が始まります。体動は文字通り体を動かすことです。五つの生理が揃っているのが各国各地のお祭りで、人間の基本生理に最も適しています。
この五つの根本生理を基本的な考えとして、患者の状態に照らし合わせながら、健康に役立つ取り組みをしています。
五大根本生理が身体感覚としっかり結び付いていることが重要です。発声の基本は母音で、「あいうえお」をしっかり出すことです。呼吸は瞑想の基本です。私は坐禅よりも動きながらの禅、動禅を勧めています。千日回峰行を二度満行した酒井雄哉大阿闍梨(あじゃり)も動禅をしていました。中村天風がヨガに出合って肺結核を克服し、独自の心身統一法を開発したように、宗教は体験としてあるもので、人を救うのは根本生理だと思います。
私は人体を科学的に解明して、神は人の外ではなく中にいる、歯科で口だけを扱うのはおかしい、体全体を扱うべきだとも感じるようになりました。思想も人間の生理から生まれてきたものだと、すべて生理と関連して考えるようにしています。そして、20年前に出したのが『根本健康(口腔のコスモロジー)』(現代書林)です。
古代人は宇宙から生命まで、すべて口腔のイメージで捉えていました。酒は「口噛み酒」とされ、カミはカムから派生したという説もあります。
私は健康を増進するのが歯科医の役割だと思っています。治療以上に、人生に前向きになるようにしたい。口腔は全身を集約した所なので、敏感でかつしたたかです。





