エゾシカの利活用、肉を北海道の特産品に
NPO法人エゾシカネット理事長 水沢裕一氏に聞く
北海道にのみ生息するエゾシカ。ニホンジカの亜種とされるが、本州以南のニホンジカよりも体が大きく、日本国内でも最大級の草食動物である。一時、絶滅の危機にひんしたが、現在では生息域を広げ、農業や林業への被害が深刻化している。そうした急増するエゾシカに対してNPO法人エゾシカネットは、貴重なタンパク資源としてエゾシカの利活用を提唱、現在はエゾシカ肉を使った料理教室やエゾシカの角を材料にした工作教室の開催など幅広い活動を展開している。エゾシカの有効活用の意義などについてNPO法人エゾシカネットの水沢裕一理事長に聞いた。
(聞き手=湯朝肇・札幌支局長)
危惧される自然・生態系への影響
農業、森林被害の解決策にも
北海道においてエゾシカによる被害とはどのようなものなのでしょうか。

みずさわ・ゆういち 1952年3月14日生まれ。登別市出身。法政大学第一社会学部卒。2015年3月にNPO法人エゾシカネットを設立、理事長に就任。ファイナンシャル・プランナー、北海道フードマイスター、健康生きがいづくりアドバイザーでもある。
エゾシカによる農業被害や森林被害はつい最近のことではなく、かなり昔から報告されていました。エゾシカによる樹皮剥ぎ、角の生え変わり後にみられる角擦りなどといった森林被害や農作物を食い荒らす農業被害が後を絶ちません。エゾシカの生息数はピーク時の平成22年度が68万頭、それ以降は減少していますが、それでも平成28年度には45万頭と推定されています。被害額もおよそ40億円に上ります。
この他にJR北海道の列車衝突やクルマとの衝突事故がどちらも年間2000件に上るとの報告があります。また、エゾシカの急増によって希少な高山植物が消失するなど、被害額としては計上されないものの、自然の生態系への影響も危惧される状況になっています。
一方、北海道もエゾシカ対策として夜間銃猟などを含めてさまざまな措置を講じていますが、苦慮しているというのが実情ではないでしょうか。平成28年度の捕獲数は約13万頭となっていますが、問題は捕獲したエゾシカの肉のうち、スーパーなどの流通に回るのが約2万頭にすぎないということです。
北海道の駆除捕獲は、狩猟を含め冬期間に集中的に行われますが、かつては捕獲されたエゾシカの償却や埋却が間に合わず、野積みになっていたこともあります。
NPO法人エゾシカネットを立ち上げられたのがおよそ3年前の2015年だと聞いています。設立の動機は何だったのでしょうか。
捕獲したエゾシカがそのまま放置されるのは、ある意味で非常に“もったいない”ことだと思うのです。仮に捕獲したエゾシカ肉が道内のスーパーなどで売られることになれば、北海道の食生活もかなり豊かになるのではないか。そんなことを長年考えていたのですが、そのうちに自分にもできることはあるのではないか、と思うようになったのです。
確かに、北海道でエゾシカはどこにでも出るものではなく、農村などの田舎に集中しています。札幌などの繁華街や住宅街ではほとんど見られません。クルマとの衝突事故も大半は田舎で起きています。
よく考えてみるとエゾシカ問題は自分に関わりがない他人事ともいえるのですが、田舎と都会の問題は切り離して考えていいというものでもない。それならば都会の人間も何か考える、あるいは何かをすべきではないか、と考えるようになり、知人とも話し合う中でNPO法人を立ち上げようと、約3年前の平成27年3月25日に設立したわけです。
エゾシカの利活用ということですが、エゾシカのメリットとはどの辺にあるのでしょうか。
先ほど申し上げましたように、捕獲されたエゾシカがそのまま放置されたり、野積みされたりするのは非常に「もったいない」こと。ちなみにヨーロッパでは狩猟によって食材として捕獲した野生の鳥獣を「ジビエ」と呼び、貴族の伝統料理として古くから発展してきた食文化があります。
とりわけフランス料理界では、ジビエはなかなか手に入らない高級食材として貴重視されています。
一方、北海道の先住民族であるアイヌの人々はエゾシカを神(カムイ)からの贈り物として取り扱ってきました。アイヌの人々の自然観は日本人が持っていた「もったいない」と相通じる精神性を有しているのではないかと思います。
そこでシカ肉についていえば、極めて健康的でヘルシーな食材と認知されています。牛や豚の部位の中でも、比較的ヘルシーだといわれるヒレの部分と同等か、それらよりも脂肪が少なく低カロリーで高タンパク。しかも、鉄分や亜鉛などのミネラルなども多く含まれています。
文部科学省は平成27年12月、学校給食の栄養指導などで基礎データとして使われる「日本食品標準成分表」に初めてシカ肉を掲載しました。それによってシカ肉は学校給食の食材として使うことができるようになりました。また豚肉や牛肉、さらに羊肉などは多くは輸入されていますが、エゾシカは北海道に十分生息しているわけですから、エゾシカ肉は北海道を代表する食材になる可能性は十分あります。
NPO法人エゾシカネットは、どのような活動を行っているのでしょうか。また、今後はどのような活動を目指していかれるのでしょうか。
活動の柱は四つあります。一つは、シカ資源が循環するように利活用するための普及促進事業を行うこと。二つ目は子供を中心対象にした体験型環境啓発事業を進めること。三つ目は、自然や森を大切にし、しかもそれらを元気にする事業を展開すること。四つ目は、環境やエコを意識し、清掃などを通して快適な街づくりを行うこと――を挙げています。
具体的には、エゾシカの肉が美味しいことを広く道民の皆さんに知ってもらいたいということで、エゾシカ肉の料理教室やエゾシカの角を使った工作教室を開いています。また、札幌市内にある円山動物園を訪問し、エゾシカの生態について勉強する機会を設けています。
一方、今後については大学や地方自治体、他の環境団体と連携を取りながら、交流の幅を広げることで知識を増やし、それらを基に、さらにエゾシカの利活用のための事業を進めていきたい。エゾシカの捕獲といってもハンターは高齢化が進み、新人ハンターの育成が急務になっています。
北海道は道東の西興部村をモデル地区に指定し、捕獲したエゾシカを速やかに原則全頭回収し、解体して食肉やペットフードに適切に処分する捕獲事業を進めていますが、そうした動きを消費者サイドから見守って、エゾシカ肉が広く普及していくことができればと考えています。





