病院は施設から「家」の時代へ

デザインで人を元気にする

「ドムスデザイン」代表 戸倉蓉子さんに聞く

 大学病院の看護師から転身した1級建築士というイタリア政府認定デザイナーがいる。「環境を通じて、人を健康に幸せにする」ことをミッションに、女性スタッフばかりの建築デザイン事務所を率いる戸倉蓉子さん(「ドムスデザイン」代表)だ。医療現場におけるデザインの重要性などについて聞いた。

(聞き手=森田清策)

環境で豊かになるホスピタリティー
医療を核にした地域創生

以前は看護師だったそうですね。

戸倉蓉子

 とくら・ようこ 建築デザイナー(1級建築士)は多くとも、正看護師からの転身はほかに聞かない。仕事は変わっても、女性が持つ細やかな感性で人を元気にしたいという思いは同じ。ミラノに建築デザイン留学したのは、まだインターネット環境が充実していない時代だった。卒業論文を書くため、高齢者病院や車椅子、杖(つえ)などを作っている工場などを足で訪ね回ったというから、繊細さだけでなくバイタリティーも人並み以上だ。その行動力を生かして立ち上げた「ホスピタルデザイン研究会」が主催する「日本未来健康フォーラム ヘルスケア産業の最前線」が3月27日、東京で開かれる。問い合わせ先=03(6406)2525(同研究会)。

 小学校の時、ナイチンゲールの伝記を読み、小学校の卒業文集に「私は看護師になります」と書きました。その通りに看護師になって、大学病院の小児内科に配属になりました。20年以上も前のことです。

 しかし、病院は暗く殺風景。そんな環境に毎日さらされれば、健康な私でも気持ちがなえていきました。ましてや、元気にならなければいけない患者さんが元気になれない環境にいることにずっと疑問を感じていました。

転身のきっかけは。

 白血病の小学生の担当になった時のことです。苦しい闘病生活で彼女はまったく笑顔を見せません。ある時、元気を与えたいと思って、好きだというガーベラの花をベッドサイドに飾ったら、彼女は「看護師さん、ありがとう」と笑顔を見せました。

 その時初めて、人は病でベッドにいても、一輪の花や太陽の光、春の息吹で元気になれることに気が付きました。それで師長さんに「植物を置きませんか」などと提案しましたが、当時の病院は「白い巨塔」。

 医療で患者さんを治し、退院させればいいのだから、インテリアなどの環境には意識が向きません。看護師は医師の指示通りにケアをすればいいということで、提案することさえ許されませんでした。ならば、建築家になって、病院の環境を変えようと思って飛び出しました。

病院の環境は、そこで働く人にも大切です。

 病院のデザインが良くなってきた今でも、患者さんのところにはお金を使っても、スタッフのところは暗く汚くて当たり前で、食事も美味(おい)しく感じられません。本当は食事を取って「頑張るぞ」と、前向きな気持ちにならなければいけないのに。

 環境をデザインで美しくすると、働く人の気持ちも豊かになります。そうすると、自然に患者さんに笑顔を向けることができ、患者さんも幸せになります。

 ハードをきれいにしても、働く人の気持ちが付いていかないと本当の意味で、病院のホスピタリティーは高まらないのです。だから、バックヤードの環境は非常に大事ですが、そこにも目が向けられてきませんでした。

650

検診も楽しくできるようにテーマパークのような病院を目指してデザインしたラウンジ(黒沢病院附属ヘルスパーククリニック)

 私たちの仕事は、大手の設計会社と組んでやるケースがありますが、そこの男性設計士さんたちは、動線などはよく研究しています。しかし、バックヤードになると、汚れが目立ちにくく、メンテナンスがいらないようにグレー系が選ばれることが多い。そこをオレンジやピンクに変えてしまうことがよくあります。完成して看護師さんたちが見ると、必ず歓声を上げますね。

 もう一つ問題なのは、看護師や介護士が感性を磨く場所がないということ。つまり、バックヤードはデザインとは無縁で、家や寮と病院の往復だけ。医師も日々忙しく働いていますから、同じかもしれません。だから、患者さんが回復に必要な環境が分からなくなるのです。

建築デザインを学ぶためにイタリアに留学したそうですね。

 イタリアでは車椅子が鮮やかな赤だったり、杖(つえ)一つとっても健康な人でも使ってみたくなるようなおしゃれなデザインが多い。日本にもおしゃれで、ときめくものがもっと入ってきたらいいな、と思い研究しました。

 家のデザインでも工夫をすれば、意識改革になって若返ります。元気だからオシャレをするのではなくて、オシャレするから元気になる。デザインは予防医療の観点からも重要です。

超高齢社会になって、病院に求められる役割が変わってきています。

800

壁一面に堀越千秋氏による生命の喜びに溢(あふ)れる壁画を配したラウンジ(ジュノウィミンズ・ウェルネス銀座産院銀座健康院)

 これまで病院は外科が花形でしたが、これからは内科のあり方が重要になります。超高齢社会に加え、先進医療の発展に伴いがんも切らずにすむ時代になってきたことを考えると、手術して回復という急性期対応型から慢性期への対応となるでしょう。

 慢性期は何年もかかり、場合によっては一生になることもあります。その場合の環境で大事なのは「家」という発想です。つまり、考え方を施設から家に変える必要があります。病院を「家」にしていくのがドムスデザインの主にやっていることです。具体的には、家は生活の場ですからトイレに行く、食事をする、寝るということが病院でもストレスなくできるようにしています。

高齢者が人生の最期まで住み慣れた地域で暮らし続けられるようにと、政府は「地域包括ケア」を目指しています。

 終末期は家で暮らせるようにするというのが国の方針。つまり、病院に家が入り込む一方で、家に医療が入り込むわけですが、日本の住宅で看(み)取れる環境はまだありません。また、地域包括ケアとなると、病院と家の環境が同様でないといけないわけで、そうなると、病院と家の環境をつなぐデザインも必要になってきます。

 私が立ち上げた「ホスピタルデザイン研究会」は、もちろん病院の研究ですが、どちらかというと病院に家のような環境をどう入れていくか。一方、家の中に病院のような要素をどう入れるか。そして、地域包括ケアの時代に、病院を中心とした地域をデザインすることを目標にしています。

 病院は生まれる場所ですし、最期を迎える場所でもあります。ですから、コミュニティーの核になるのが病院ではないでしょうか。生まれてから最期を迎える病院が安心できる場所であれば、社会は変わります。