哲学のある料理で「食」からの人づくりを

精進料理研究家 藤井まりさんに聞く

 命の元である食を修行に結びつけたのが日本の禅宗の一つ曹洞宗を開いた道元。そこから生まれた精進料理を通して、心と体にいい食を広めているのが、鎌倉稲村ケ崎に「不識庵」を構える藤井まりさん。哲学のある料理の普及を目指し、内外を行脚している藤井さんに、食による人づくり、地域づくりをうかがった。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

精進料理は「心の料理」/料理する女性は長生き
美味しいと自然に笑顔に郷土食、よそ者の発想必要

秋田県藤里町では、引きこもりの若者の社会復帰を支援するため、社会福祉協議会が郷土食のレストランを開いています。

藤井まりさん

 レストランは厨房(ちゅうぼう)だと人と会わななくても仕事ができるし、慣れてくると接客サービスを通して人との付き合い方を練習することができますね。それで報酬が得られれば、社会復帰する意欲も出てくるし、いい取り組みだと思います。

いろいろ知恵を出し合うようになり、最近では地元で取れるクズを使った商品を開発しています。

 福岡県朝倉市秋月にある廣久葛本舗10代目の高木久助さんは、おそらく日本一純粋なクズを作っている人です。クズの根は鹿児島県の大隅半島で、90歳の老人をはじめ200人くらい雇って掘っていますよ。昔は福岡県の甘木市でも採れたのですが、人工林になっていいクズが採れなくなったそうです。

今クズは山林や堤などで繁茂し、厄介者になっています。

 山口市宮野地区の住民でつくる宮野なの花会では、クズの専門家や県立大学生の協力を得て、クズの葉のお茶を特産品にしていて、高木さんも応援しています。

旅先での楽しみの一つは郷土食です。

 おいしいと自然に笑顔になり、その場が和みます。郷土食を発展させるには、よそ者の発想が必要です。宮崎の都農(つの)ワインは、ブラジルから専門家を迎え町おこしとしてワイン造りを始め、今では「世界のワイン100選」に2度選ばれて人気を集めています。

徳島県那賀町の「木頭ゆず」はパリの青果店でも売られており、優しい酸味がフランス料理に合うと人気です。

 季節の変化がはっきりしている日本では、旬に合わせて作物を味わう料理が発達しました。それは、世界にも通じる味なのですね。

香川では5月には鰆(さわら)の押し寿司が定番です。

 岡山だと鰆茶漬けになります。田植えの終わった時期に鰆1本を地域で共同購入して数日にわたりご馳走(ちそう)として食べる習慣があり、新茶をかけたり、だし汁をかけたりと各家庭に伝わる味があり初夏の味として親しまれています。

兵庫県の浄土宗の寺での六時念仏で出された茶がゆがおいしかった。

 茶がゆは奈良の大仏の造立の時に、労役の人たちに振る舞うため生まれたそうです。中津市のお寺の報恩講で出たお斎には地元のシイタケが入っていました。新潟県の良寛さんの里の寺では、海藻を固めた料理がありました。

料理は人のために作ることが多い。

 献立を考え、食材と調味料の組み合わせなど、とても頭を使います。そのため、自分で料理する女性は元気で長生きですよ。昔は味噌(みそ)や醤油(しょうゆ)などを共同で手作りしていました。おしゃべりしながら女性たちの楽しい時間だったのです。

道元は『典座(てんぞ)教訓』と『赴粥飯法(ふしゅくはんぽう)』を書いています。藤井さんは、長年典座(料理担当の僧)を務めていた夫宗哲氏の死後3年目に、遺稿をまとめ『道元「典座教訓」』(角川ソフィア文庫)を出しましたね。

 夫は生前、それらは精進料理の作り方と頂き方なので、2冊出さないと意味がないと言っていました。そこで今、『赴粥飯法』に取り組んでいます。粥は朝食、飯は昼食のことで、禅寺の朝食は、粥(かゆ)と沢庵(たくあん)、昼食は、麦飯に味噌汁に野菜の煮物か炒め物、夕飯はおじやに沢庵が定番です。

24歳で宋へ渡った道元は、日本のシイタケを求めて長い道のりを歩いてきた老典座と出会います。「なぜ修行をしないで、台所仕事をしているのか」と聞く道元に、老典座は「これが一番の修行なのだ」と答えたそうです。

 生活禅という言葉があるように、食事作りをはじめ生活の日常茶飯すべてが修行だというのが禅宗です。28歳で帰国した道元は、力量のある僧を典座にし、二つの本を著したのです。後に「自分がいささかたりとも修行について理解しているのは、この老典座のお陰である」と述べています。

禅宗は中国に来て食と結びつき、精進料理が生まれたのですか。

 インドの僧は托鉢(たくはつ)で生きていたので料理をしませんでした。それが中国では寺に数百人もの修行僧が自給自足で暮らすようになり、ルールが作られたのです。

 精進料理は仏教とともに修行僧の食事として日本に伝わりました。当時、さほど重視されていなかった食事を、修行ととらえ直したのが道元です。

 ――精進料理に若い人たちの反応はどうですか。

 精進料理を食べてもらうと、若い人はよく「ほっとする味だ」と言いますね。体が安心するのでしょうね。精進料理は和食のいろいろな部分をそぎ落とした骨格のようなもので、日本食の良さを再認識するのにピッタリな料理だと思います。

 主な食材は、野菜や豆類、穀物、果実などで、肉や魚、香りの強い食材は使いません。その土地で採れる旬のものが中心です。

 春は木の芽やフキノトウ、ウド、ワラビなどのほろ苦さを楽しみます。この苦味成分は、冬の間についた脂肪を溶かす助けになり、夏はトマトやキュウリ、ナスなどで体の熱をとります。秋はトウガラシやショウガとイモ類で弱った胃腸を整え、冬は根菜と油で冷えた体を温めます。

 仏教の「不殺生戒」により、肉や魚など、追いかけると逃げる食材は避けます。だしは昆布と干しシイタケで、煮干しやかつお節は使いません。

精進料理の哲学を簡単に言うと……。

 「心身一如」で、心と身体はつながっていて、食べたものが身体に影響します。だしをとった味噌汁とおいしいご飯があれば、満足感があります。味噌と醤油の和食の味は日本人の遺伝子に刻み込まれていますから。

 味付けの基本は「淡」ですが、決して味気ないわけではありません。口に含むと、野菜の甘さ、山菜のほろ苦さなど、食材が本来持つ味がしっかり伝わってきます。目指すのは全体的に調和のとれた味わいです。

 夫は道元が2冊の本を書いた意味をずっと考えていました。「一粒米一片菜一滴水」、一粒のお米も野菜の一葉も一滴の水も大事に使い無駄にしない。野菜も命と考え、一物全体を使い切る、と書き残しています。

 夫は師匠に「一枚の皿に天地を盛り込む気概をもて」と言われたそうです。例え一品の料理でも、四季折々の見立てから、下ごしらえ、料理の手順や火加減、後始末まで気配りする。精進料理が「心の料理」と言われるゆえんでしょう。夫が志した「食は心なり」のメッセージを、世界に伝えたいと思っています。

 藤井まりさんは北海道帯広市生まれ。幼少の頃は近所の丘での山菜とりが遊びだった。小学生の時に東京に移り、早稲田大学ではワンゲル部で青春を過ごす。卒業後、禅僧で随筆家の藤井宗哲氏と結婚し、鎌倉稲村ケ崎に「不識庵」をかまえ、2人の子をもうけた。宗哲氏の精進料理を手伝い、本にまとめたのをきっかけに精進料理教室を始め、「心と食」をライフワークに、執筆・講演活動や内外での精進料理に取り組んでいる。著書は『いただきます』『心にやさしい精進料理』『百歳食』など多数。http://konnichiha.net/fushikian