対インド外交、新幹線と原発で関係深化を

大阪国際大学名誉教授 岡本幸治氏に聞く

 昨年12月、安倍首相とモディ首相との会談で、インド西部のムンバイとアーメダバードを結ぶ505㌔の高速鉄道建設に日本の新幹線の採用が決まり、原子力発電に関しても核兵器に転用しないことを条件に日本の関連技術を輸出する原子力協定の締結で合意した。日印関係の進展についてインドに詳しい岡本教授に話を聞いた。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)

対日重視のモディ政権/持続的発展にインフラ整備
インド軍、米英と共同演習/日米豪でインド洋守る

モディ政権で日印関係が進展している。

岡本幸治氏

 インドへの新幹線輸出には十数年前から三井物産と日立製作所、JR東日本などの企業連合が取り組んでいた。それが実を結んだのは、経済成長を第一に掲げたモディ政権の誕生が大きい。2014年9月に訪日したモディ首相は、歴代首相のように東京ではなく大阪(関空)に降り立ち、しかも日本文化の中心である京都に1泊した。安倍首相は京都でモディ首相を迎え、一緒に東京に向かっている。これらにより、安倍・モディ間に個人的な信頼関係が醸成されたとみてよい。

 当時、私はインドにいたが、新聞・テレビではモディと安倍が抱き合う場面が大きく報道されていた。その後の習近平中国国家主席の訪印がそれほど大きく扱われなかった。モディ政権が中国よりも日本を重視していることがよく分かる。

 もちろん、日本政府も直前にインドネシアで高速鉄道の受注を中国に逆転された大失敗を挽回すべく、総事業費1兆8000億円のうち1兆4000億円の円借款の供与条件を償還期間50年(据え置き期間15年)、利子率年0・1%という「破格の設定」(日本政府筋)で臨んでいた。

 利子が安すぎるとの批判もあるが、インドへの新幹線輸出の成功には大きな意味がある。独立前の英領植民地時代にインドは国内に広く鉄道を敷設していたが、ゲージ(線路幅)が3~4種類あり、一番狭いのはダージリンで茶葉を運ぶ鉄道だ。そのため内陸の産物を港湾へ輸送するには途中で積み替えが必要で、高速化の障害になっていた。

 インドの高速鉄道計画は、上記のほか主要都市を結ぶ6路線が計画されており、日本をはじめフランス、ドイツ、中国が受注にしのぎを削っている。しかし最初に日本の新幹線方式を導入すると、別の路線に他国の方式を採用することは難しくなるのではないか。ムンバイ―アーメダバードの路線はいずれ南部の最大都市チェンナイまで延伸される。日本が最初の路線を受注したことで、全体の高速鉄道網が新幹線方式で整備される可能性が高まった。

 チェンナイまでの地形は900㍍ほどの高地もあり、各車両に動力を持つ新幹線が有利だ。フランスやドイツの方式では機関車が客車を牽引するので、平地には向いているが、勾配が急になるとスピードが落ちる。

新幹線がインド経済に与えるインパクトは?

 2015年の経済成長率は7%を超え、6%台の中国を上回り、この勢いは今後も続くだろう。経済を持続的に発展させるには、物流、人流のインフラ整備が不可欠だ。ムンバイ―アーメダバード間の高速鉄道は最高速度時速320㌔で、現在の約8時間から最短2時間7分に短縮される。経済発展とともに人の移動が盛んになり、かつてはデリーからチェンナイの切符など簡単に買えたが、今では入手が難しく、通勤列車は鈴なりの状況だ。

 インドは日本の国土の9倍もあるので、物流インフラの整備が重要になっている。政府はディーゼル燃料販売に対し年間約1兆5300億円の補助金を出しているのでディーゼル車の購入が増え、それに伴う排ガスが大気汚染を加速させている。ニューデリーの大気1立方㍍当たりに含まれる有害粒子の量は北京の2倍以上で、呼吸器系疾患や肺がん、心臓発作などの原因になっている。大気汚染の改善にも、地下鉄や鉄道網の整備が急がれている。

大気汚染の防止にもインド政府は原子力発電に力を入れざるを得ない。

 モディ首相が日本、米国、オーストラリアと原子力協力を進めようとしている。オーストラリアはウランの輸出を約束し、原子力技術の提携も進めることになった。米国は1998年の核実験でインドを制裁していたが、2007年には原子力協定を結んだ。日印で原子力協定が結べない大きな理由は、インドが既に核兵器保有国だからだが、私は日本経済にとっても原子力は不可欠な技術なので、前に進めるべきだと思う。

 日本は98年にインドに対してODAを全面停止する制裁を下した。何度も核実験をした中国には短期で部分的だったので、当時インドの友人たちに「不当だ。インドは日本を友好国だと思っているのに、日本はそうではないのか」ときつく批判されたことがある。

 インドは70年代に、ソ連との間に軍事協定を結び、ソ連の核の傘で守られていたが、ソ連崩壊でそれが消滅し、単独で安全を確保するしかなくなった。北の中国、西のパキスタンが核武装しているのでインドも核武装せざるを得ないというのが彼らの主張だ。日本は米国の核の傘に守られているので、反論できない。

 悪化した日印関係を修復したのが2000年の森首相の訪印で、IT産業が発展しているバンガロールから訪問し、インド国民に新鮮な印象を与えた。14年に訪印した安倍首相は両院合同の議会で演説したあとコルカタを訪れ、独立の英雄チャンドラ・ボース記念館を見学し、インドでも好意的に大きく報道された。

日本は原発技術の提供で協力できる。

 インドだけでなく世界が欲しがっている日本の技術には、原子炉の炉心を収める原子炉圧力容器を継ぎ目のない鋼鉄で造る技術などがある。それを製造したのは戦艦大和の46センチ砲を造ったメーカーで、その技術を発展させたという。そうした技術の提供を前向きに検討する約束が、安倍・モディ間で交わされた。

昨年10月、インド南部チェンナイ沖での米印海軍の海上共同訓練に海上自衛隊が参加した。

 今、中印関係で起きている問題はインド洋をめぐる対立だ。中国は以前からミャンマーやパキスタンと経済援助によって軍事的な関係も強め、スリランカの親中派大統領が中国潜水艦の寄港を認めたりした。インドは情報部による工作で2015年の大統領選挙で対立候補をシリセナ前保健相に一本化させ、現職のラジャパクサ氏を破った。

 戦後長らくインドはアジアで唯一、航空母艦を保有する国だった。近年、ロシアからの技術導入で国内の造船所で航空母艦や原潜を建造するようになっている。

海上自衛隊のUS―2救難飛行艇がインド海軍へ導入されるようだ。

 波が高くても着水できるのでインドが提供を求めていたが、武器輸出三原則の緩和で可能になった。インドは米英軍との共同演習を海上と陸上で行っており、米軍との海上演習にはオーストラリアも参加している。同国にとってもインド洋の安全は重要だからだ。インド洋の自由を日米豪との協力で守ることが、インド海軍の目標になっている。

 三井物産勤務を経て大学教員になった岡本幸治氏は、日本近現代政治史・政治思想を専門にしながら、毎年、訪印団を引率してインド各地を訪れている。1970年代に1年間、インド国立ネルー大学(JNU)で日本について講義した経験があり、大阪府立大学、愛媛大学などを経て、現在は大阪国際大名誉教授。日本の大学にはインド哲学などの専門家はいても多面的に現代インドを語れる人は少ないが、岡本氏はその貴重な一人。日印経済人などの民間交流や大学間の学術交流にも貢献し、NPO日印友好協会理事長、21世紀日本アジア協会理事・事務局長を務めている。著書は『インド世界を読む』『インド亜大陸の変貌』『南アジア』『北一輝』『脱戦後の条件』『骨抜きにされた日本人』ほか多数。