セカンドキャリアづくり大切
スポーツを「科学」する(下)
武蔵丘短期大学学長・順天堂大学名誉教授 川合武司氏に聞く
「選手後」の不安解消を/大学も応援体制つくる
選手育成は人格教育と共に/海外遠征時は名所見学を
改めて、メンタルトレーニングとは。
例えば、音楽を聴く。その世界に集中できる。周囲からいろいろな情報が入ってこない。試合前、勝つとか負けるとか、これらの情報で混乱する。それは、脳の海馬だ。海馬は、五感で得た情報を全てつかまえて管理するところ。そこに、情報が入りすぎると混乱する。私がボールに反応する練習も同じで、集中するため。ただし、それだけだと体は過緊張になることもある。その時は、リラクゼーションが必要だ。集中しながらリラクゼーション。
例えば、女子プロゴルフの西山ゆかり選手(今季を含む2年連続でツアーの全試合出場資格保持者)にはこれを徹底してやった。まず「力を抜きなさい」と。いざボールを打ちに行く時は筋肉に力を入れなければいけない。それで、イメージどおりに動かす。失敗するのは、力を抜いて、そのまま打つから、ヘナヘナに。過緊張の状態からは力を抜いて、それから、力を再度入れて打つ。
その塩梅(あんばい)がポイントになる。
これは、周囲の人が言ってやらないと、本人だけでは気づかない。松山選手はチーム松山で戦っている。必要な体制だ。トレーナー、メンタルトレーニング、キャディー。攻め方はキャディーがコーチしているようだ。そこに松山の力が加わる。
ただし、メンタルトレーニングをしたからといって、強くなることはない。自分を理解するだけ。いろいろな情報をなくすためにリラックスする。そうしておいて、もう一度力を入れる。例えば、手をキュッキュッと握って。これがリラクゼーション・トレーニング。大切な部分だ。
日本のスポーツ界は、スポーツ科学などをベースにして、変わっていこうとしているのか。
2020年東京五輪をめざして、「科学的」ということをあちこちで言い出した。運動の法則性がどこにあるかというと、例えば、ニュートンの万有引力の法則だ。指導者がそういう力学、生理学、心理学、人間を取り巻く情報を、あるレベルまで勉強して、コーチしているかといえば、勉強不足だと思う。私は高校の先生もやったし大学でも教鞭(きょうべん)をとった。スポーツの歴史、哲学、物理学、心理学、生理学など、一通り勉強した。そのトータルがコーチ学、人に技を伝える時の力になってくる。
コーチ学ですね。
コーチングということ。認められた学問領域になってきている。どういう手続きをしたら、Aの技をBに移し替えられるか。それです。例えば、私がバレーの順天堂大学監督の時、全日本大学選手権大会で優勝しました。ナショナルチームの古川靖志くんがセッター。彼はその時代、全日本のトップだった。その彼が試合中、本人としては実にうまくトスを上げているのに、ことごとく相手のブロックに引っかかる。相手に読まれていた。私がベンチで見ていて、「おかしいな」と思ったので、すぐタイムを取った。「古川! いいトスを上げているけど、みなブロックにタイミングが合っているぞ」。「えっ!」。本人は気づいていなかった。私は、それしか言いません。どこへトスを上げろ、なんて言わない。いろいろな情報が入ることになって、古川の頭の中がゴチャゴチャになる。
少ない情報で対応ができるのがトップアスリート。
そう。日ごろから、そういう育て方をしなければいけない。ただ、科学、科学と言うけれど、本当に科学になるのかどうか。プレーそのものの「妥当性」と「再現性」が問われる。例えば、ゴルフの練習をした。きょうはこの打ち方ができるようになった。一晩おいて、次の日にまた同じ打ち方ができれば、再現性が高いことになる。コースに出ても使える。ところが、昨日できたことが今日はできない、という場合、再現性がないと。これを科学という言葉で置き換えると、科学的ではない、となる。あとは、目標に向かってきちっと成果が上がったら、妥当性の検証ができたということになる。これができなければ、科学とは言わない。
最後に、2020年東京五輪に向けて。
武蔵丘短期大学は、オリンピック参加選手、パラリンピック参加選手に対して、セカンドキャリアを支援する。選手時代は、選手だけでいい。ところが、選手でなくなったら、指導者になりたい、教員免許、栄養士免許を取りたいという希望があれば、応援しますよ、と。丸抱えで面倒を見る。昨年4月16日に日体協(公益財団法人日本体育協会)の記者クラブで発表した。入学金、学費を免除する特待生制度だ。大学とスポーツ界を結びつけるもの。
2020年に向けて、選手養成と並行して、人格教育を進めていくことが大切だろう。選手は、将来への不安を持っている。オリンピックでメダルを取れればいいが、参加しただけの選手は違う。「これから、どうやって生きていくのか」と。もし、そこで生き様が分からなくなったら、人生が駄目になってしまう。そうなった人をたくさん知っている。「日の丸」のために頑張った人間を、日本社会全体で人生をつくってやるとか、そういう環境づくりをしてやるべきだろう。大学が貢献できるとすれば、「人間教育に力を貸すこと」だ。それはやってやりたい。
あとは、スポーツ全体のレベルアップをしなければならない。そのためには、選手を含めて勉強する必要がある。ただ体を鍛えるだけではだめ。例えば、選手を連れて外国に遠征する。選手を宿舎などに缶詰め状態にする競技団体がある。私は、その国の歴史と文化に触れさせたいと考える。外にだしてやる。その方が、選手は豊かになり、強くなる。本学は、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会と連携協定を結んだ。その教育推進や人材の育成が目的だ。
(聞き手・岩田 均、写真・加藤玲和)






