一流が持つ「絶対距離感」

スポーツを「科学」する(下)

スポーツを「科学」する(上)

武蔵丘短期大学学長・順天堂大学名誉教授 川合武司氏に聞く

 2020年東京オリンピック・パラリンピックの成功に向けて、スポーツ界は各種目でアスリートの育成・能力向上に一層の力を注いでいる。学生時代、バレーボール選手として活躍。その後、母校の順天堂大学でスポーツ健康科学部教授として、特にゴルフとバレーボールの実技とコーチ学、そして指導論を専門に教鞭(きょうべん)をとった川合武司氏。現在、栄養士やスポーツを専門とする武蔵丘短期大学(埼玉県吉見町)の学長を務める。トップアスリートの育成や東京オリンピック・パラリンピックへの期待などを聞いた。
(聞き手・岩田 均、写真・加藤玲和)

「極意」が分かる時がある/技の伝授はやってみせよ
集中力高める手続き重要/関節にはストレスかけない

先生は、バレーボールの選手として活躍しておられた。

川合武司氏

 私は前の東京五輪(1964年)などに出場した名セッターの猫田勝敏選手と同じ時代にバレーボールをやっていた。私も五輪選手になりたいと思って練習をしていたが、スパイクをする時、相手のコートのどこに打つか。方向性と距離の問題。エンドラインにぴたりと打つ。これが「絶対距離感」。

達成感をもっておられる。

 バレー選手としてはそうだ。ゴルフで昨年、5回目のエージシュート(1ラウンドのスコアが自身の年齢と同じ数字かそれ以下。この時、76歳、スコアは76)をやった。周囲から「うまい」と言われる。

 ところが、バレーで「10」(10段階評価のトップ)というレベルを実感した私には、ゴルフはどんなにやっても「6」という感覚だ。尾崎将司プロ、青木功プロ(ゴルフ界のレジェンド)は「10」だろう。そのレベルにはどうやっても届かない。時々、彼らにも負けないショットは出るが、再現性が薄いのと、ゴルフにおける絶対距離感が劣っている。だから「10」になれない。

「絶対距離感」という言葉はあまり聞かない。

 音楽家でいえば絶対音感だろう。聴いた曲をすっと譜面に書いたり暗譜したり。絶対音感がないと一流になれない。スポーツでも同じ。ゴルフ場のグリーン上で、ボールとカップまでの距離を大まかに5㍍、10㍍だと誰でも分かる。絶対距離感は、それとは違う、体全体にもっている感性。ひょっと目で見て、距離が分かる。

 先日も、関東ゴルフ連盟ジュニアの認定式がうちの短大で行われたが、ジュニアのヘッドコーチは海老原清治プロ。「打っている時、どうすか」と尋ねたら、「何も考えませんよ。グリーン上でパッと見て、さっと打てばカップインするんですよ」と。野球でも、野手がボールを投げるが、どこから投げても、相手の体の中心に行く。これが絶対距離感だ。これを極める練習システムがない。

選手の中には、何かのきっかけでそれをつかむことがあるのか。

 ある大学バレー選手で、パスにしても距離感、方向感覚がない選手がいた。プレー全体としては下手ではなかった。3年生になって何かの拍子にそれが分かった。以来、ボール操作が自由自在。手先の器用さでは、猫田選手にも負けないくらいだったが、彼も身長がなかったので五輪に行けなかった。その時も「こんなに簡単なのか」と。それまで一生懸命練習をしてきた。一瞬で極意を身に付けた。それがスポーツの技を会得する時だろうか。

 海老原プロも「フォームがどうのとか、打ち方がどうのとか、考えていないよ」って。「じゃ、他人に教える時は?」と聞いてみたら、「教えるよ」って言うので、「教えた通りできる人はいないでしょ」と言うと、「そうだね」と。

 だから私は学生に何と言うか。「こうやりなさいと教えられたら、『はい、そうですか』と、そのままやるんじゃないよ。それはどんな感じで表現するのですか」と聞き返すよう指導する。ゴルフで言えば、レッスン場でプロに習っている時、「こう打ってください」と指導される。その通りにやろうとするが、誰もできない。

 本当なら、「先生、いま表現したのを打って見せてください」と言わなければいけない。その姿をよく見て、感じをつかむことだ。伝えるには、まず言葉で表現する。それから、こんな感じですよってやってみせる。この両方があって技は伝わる。

ゴルフでは、松山英樹選手がアメリカのツアーで見事に2度目の優勝をしました。彼の長所は?

 運動の法則性からいうと、松山はとてもシンプル。ゆったりあげて、ちょーんと打つようだ。われわれは100回打ったら100回とも違う打ち方が出る。石川遼選手はそれに気づいていないようだ。松山選手は少々ずれても修正がきく使い方をしている。人間の関節の数は265あるという人がいる(本紙注:関節の数は個人差があると言われる)。

 そのほとんどが上肢・下肢(手足)にある。その一つ一つに脊髄とつながる反射神経がある。高速の伝達経路だ。それを感じすぎてやると、打つ時のフォームがゴチャゴチャになる。

考えすぎないということか。

 フォームを気にしていると、全ての関節から脊髄に反射的に伝達してしまう。プレーをしながら、いちいち「良い」「悪い」と感じ取ってしまう。上肢・下肢だけで、例えば160くらいの関節があるとする。だとしたら、ボールを100回打っても全て違ってくる。われわれは、いいフォームなら同じボールが打てると思っている。だが、160の関節が動くのだから、それが全て一致することはあり得ない。

ゴルフに限らずアスリートが追求する領域だと。

 それと、関節にストレスがなければ、頭で考えたことがそのまま全身の動きとなって出てくる。われわれの場合、せっかく考えても、また関節に思いを戻す。加えて、筋肉にも脊髄につながっている神経がある。これは関節とは別。だから、間違った動きに気付くと、瞬間に「いけない!」と思って修正しようとする。頭で感じているというのは、脊髄で感じていること。頭でイメージを描いて、そのように動こうとしても、関節が邪魔し筋肉が邪魔する。

関節の動きと関係がある思うが、メンタル面のトレーニングは各種目でとり入れられている。数十年前なら本番直前の選手がイヤホンで何かを聴いている姿など考えられなかった。

 自分の世界に入るための手続きで、いわば集中力をどう高めていくか、だ。私がバレー選手だった時代は9人制もやった。私は真ん中。一番ボールが飛んでくるポジション。試合前、他の選手とは違ったことを一つやった。それは、下級生を呼んできて、2㍍くらいの至近距離からボールを打たせる。20~30本やる。すごく速いボールが来る。それに反応して手を出す。それだけ。これさえやれば、試合では何があっても平気だった。もっと遠い所から打ってもらったら、頭で“こうしようかな”などと考えてしまう。

 川合武司氏は今年喜寿(77歳)になる。笑顔を絶やさず、大変お元気だ。母校順天堂大学で教授となる。ゴルフ、バレーボールの実技、コーチ学、スポーツ指導論の講義を担当。同大バレーボール部監督時代に、全日本大学選手権大会で優勝、関東大学1部リーグで4連覇を果たした。「私の勲章」と言う。アマチュアながらゴルフは上級者。ゴルファーの夢であるエージシュート(1ラウンドのスコアが自身の年齢と同じ数字かそれ以下)達成は5回。2009年、武蔵丘短期大学の学長に就任。順天堂大学名誉教授、全日本大学バレーボール連盟参与。