歌で楽しむ万葉植物の魅力
万葉の花めぐり
万葉の花研究家 片岡寧豊さんに聞く
古代からの日本人と自然の付き合い方を教えてくれるのが万葉集。人間らしい暮らし方を志向する自然回帰の時代に、その価値が再評価されている。天皇から庶民までの歌が残されている万葉集に学びながら、各地で講座生たちと万葉の花めぐりをしている片岡寧豊さんに、四季折々の万葉植物の楽しみ方を伺った。
(聞き手=フリージャーナリスト・多田則明)
長居植物園に「万葉のみち」/約100種の万葉植物鑑賞
万葉集で詠まれた草木150種/141首のハギにウメ118首
大阪市立長居植物園に一昨年、「万葉のみち」が整備されました。

かたおか・ねいほう 小原流一級家元教授の資格を持ち、万葉花寧豊会を主宰する片岡寧豊さん。2010年の平城遷都1300年祭では「花と緑のフェア万葉華しるべ」7カ所で花のオブジェと案内文を担当。生け花の指導のほか文化講座や花巡りの講師として活躍するほか、奈良市写真美術館で「万葉の花いけ花展」を開いている。大阪花博や淡路花博など国内外に出展。中国昆明花博やオランダ花博では国際館・日本館に出展し、生け花の実演を披露した。奈良と友好・姉妹都市の西安、慶州、ベルサイユなどを訪れ、文化交流にも努めている。花と植物の写真が満載の著書『やまと花万葉』と『万葉の花』は四季折々の奈良を訪ねるのに最適。
植物園の場所は古代、万葉集の作られた時代に重要な官道であった難波大道(なにわだいどう)と磯歯津道(しはつみち)が交差していた場所で、多くの万葉人が行き交っていました。それにちなみ長居植物園は2014年9月、開園40周年記念事業として、園地の北東部に万葉植物の緑道を設けました。100㍍の緑道沿いに万葉集に詠(うた)われた約40種の植物が植えられ、季節ごとに花を楽しめます。植物園には、万葉のみち以外にも万葉集に詠われた60種以上の樹木や草花が各所に植えられていて、合わせて100種類を超える万葉植物を見ることができます。奈良・春日大社の萬葉植物園をはじめ全国各地の万葉植物園と同様に万葉の花や木が身近になっています。
長居植物園の「万葉のみち」や園内の万葉植物には万葉名を記した樹木名板とともにその植物にかかわる万葉歌プレートも設置され、歌数は126にも上っています。
昨年から私も含め4人の講師で20回の万葉講演会を開催し、万葉歌の解釈のほか、私の場合は万葉のみちや園内を、万葉の花の魅力を探りながら一緒に歩いています。来年度はさらに古代史セミナーなども加えて一層充実した講演会を予定しているようです。
万葉集の歌は4500首以上あり、約150種の草木が詠まれています。数が多いのはハギが141首、ウメが118首、タヘ(コウゾ)が105首、ヌバタマ(ヒオウギ)が80首などです。またカタカゴ(カタクリ)やヒメユリ、ハマユウなど1首しか詠まれていない植物もあります。
秋にブラシ状の穂をつけるチカラシバはイネ科の多年草で、道端によく見かけます。「たち変わり古き都となりぬれば 道の芝草長く生ひにけり」(巻6)の芝草はチカラシバのことだろうといわれています。チカラシバやシバ類はあまり役には立たないので、雑草とされていますが、お茶席の花として、美しい立ち姿のチカラシバにリンドウを添えて生けてみると、名前通り力強く生き生きした感じになります。日頃気にも留めなかった雑草が、万葉集に詠われていることを知ってもらえるきっかけにもなりそうです。
片岡先生の講座を受講した方たちは、「名前を知ったことで、これまで見過ごしていた花に親しみを感じるようになった」などの感想を寄せています。
現地で案内をする時、足元の雑草の部類も含めていずれにも名前がありますので、丁寧に紹介すると喜ばれます。ツユクサの花びらは2枚と思っている人が多いのですが、青紫色の花びらの下にもう1枚あり、合計3枚です。ルーペを使って花の細部まで観察してもらうと、「もう、踏みつけられなくなった」などと言う人もいて、花への関心度が高まります。「月草(つきくさ)に衣は摺(す)らむ朝露に 濡れての後はうつろひぬとも」(巻7)。ツユクサはツキクサの名で詠われ、布によく染まるが色があせやすいのが欠点のようです。
ニラは万葉集でミラと詠われ古くから食用にされています。「伎波都久(きはつく)の岡のくくみら 我摘めど籠(こ)に満たなふ背なと摘まさね」(巻14)。ニラを私一人で摘んでも、なかなか籠一杯になりません、あなたと一緒なら、きっとたくさん摘めますよ、といった意味です。葉や茎に特有の臭いがあり、強壮、強精、風邪の予防に効果がある薬用植物です。ニラを使った一品は健康に良いので毎日食べてほしい野菜の一つです。
染料になった植物もあります。
アカネやムラサキ、ベニバナなどで、染料になる万葉植物はほぼ薬としても利用されています。「……紅(くれない)の赤裳(あかも)裾引き山藍(やまあい)もち摺れる衣(きぬ)着てただひとり……」(高橋虫麻呂、巻9)。クレナイはベニバナのことで、エジプト原産のベニバナは「呉の国から来た藍」として「くれあい」と呼ばれ、それが「くれない」になったようです。花は夏、黄色から次第に朱色に咲きます。この花部分が染料はもちろん化粧用、生薬、防腐剤など広く利用されてきました。奈良県の纒向(まきむく)遺跡から大量のベニバナ花粉が3世紀中ごろの溝から出土して、大変話題を呼びました。
歌のヤマアイはトウダイグサ科の多年草で全草が染料になります。今のタデ科のアイとは仲間が違いますが、藍と名が付くと染料になる草と考えていいですね。
ケイトウは万葉集で韓藍(からあい)といい、大陸から渡来し、今は観賞用ですが、万葉の時代には染料に使われていました。山部赤人が「わが屋戸(やど)に韓藍蒔き生(おほ)し枯れぬれど 懲(こ)りずてまたも蒔かむとそ思ふ」(巻3)と詠っています。
アカネとムラサキは額田王の歌「あかねさす紫野行き標野(しめの)行き 野守は見ずや君が袖ふる」(巻1)があります。万葉集ではアカネの植物そのものを詠んだ歌は見当たらず、茜(あかね)色に美しく照り映える意味から日・月・照・昼・紫などにかかる枕詞(まくらことば)に使われています。アカネの名は根が赤味を帯びていることに由来します。生の根は黄色っぽいオレンジ色ですが、乾燥させると黒ずんでしまいます。根は茜染めの染料にされ、利尿、解熱、強壮剤などの薬用にも使われています。
ムラサキは夏、白い小さい花が咲きます。根は紫根(しこん)染めの原料として用いられ、漢方で解熱、解毒の薬、皮膚病、やけどの妙薬などに利用されます。絶滅危惧植物の一つです。
万葉植物がまちづくりに役立っています。
フジのつるの繊維で織った藤布(ふじふ)は万葉集に藤衣(ふじごろも)の名で詠われています。「須磨の海人(あま)の塩焼き衣(きぬ)の藤衣 間遠(まとお)にしあればいまだ着なれず」(大網公人主、巻3)。須磨の海人が塩を焼く時の作業服である藤衣は、布目が粗くまだなじまない、といった意味ですが、「間遠」は織目が粗く糸と糸の間が離れていることをいい、恋人の所へ通い始めて日が浅く、お互いになじみが浅いことの比喩です。藤布は原料が自給でき、丈夫な布でしたから、山村で長年、愛用されてきました。
京都府宮津市の上世屋では「藤織り」が細々と伝えられています。地元では藤布を「ノノ」と呼び、昔は「ノノ織りができないと嫁に行けない」とまで言われたそうです。伝承者の女性が亡くなり一旦は途絶えたのですが、復活に立ち上がった京丹後市網野町の友人小石原将夫氏が、フジの若木を植えることから始めました。藤棚とならんで万葉植物も主役だと、仲間に呼びかけ「網野・藤の郷ミュージアム」を目指して万葉植物の植樹を続けているので、私も協力しています。万葉植物がまちづくりに大いに役立ち、四季折々の花が人々を楽しませてくれる日も間近のようです。