ISや北朝鮮の脅威に対抗、韓国でテロ防止法成立
情報機関に調査権付与
15年越しに国会係留法案だったテロ防止法が先月、韓国で成立した。近年、韓国をターゲットの一つとみなし始めた「イスラム国(IS)」やこれまで幾度となく韓国を被害に遭わせてきた北朝鮮などによるテロを未然に防ぐのが目的で、情報機関にそのための調査権が与えられる。(ソウル・上田勇実)
「権限乱用の恐れ」左派反発
今回成立したテロ防止法の主な中身は、テロ関連情報の収集と未然防止、テロ犯の処罰と被害者支援、情報収集過程における人権侵害と権限乱用を防ぐための監視。実行組織は情報機関の国家情報院(国情院)で、テロを起こす危険がある人物に対する盗聴や金融情報閲覧が許されるようになる。
ただ、盗聴といっても国情院が独自の設備で行うわけではなく、裁判所から事前に許可を得てKT、SKT、LGU+の通信各社から資料提供を受ける。口座など金融情報の閲覧も金融情報分析院に要請しなければできない仕組みだという。
このため直接関係のない一般国民のプライバシーまで侵害されるのでは、といった心配はないというのが政府・与党の説明だ。
韓国にはこれまでテロに関する法律がなく、1982年に作られた大統領訓令「国家対テロ活動指針」が唯一存在するのみ。危険人物に対する情報収集を担保する法的根拠がなかった。米同時多発テロがあった2001年、当時の金大中政権が発議したのが最初で、その後、何度も法案が上程されては廃案に追い込まれた。今回、野党3党が計192時間に及ぶフィリバスター(長時間演説による議事妨害)で執拗(しつよう)に抵抗した末、ようやく成立にこぎ着けた。
テロ防止法成立の背景としてまず挙げられるのは「ISの銃口の照準が東方に移っている」(韓国メディア)という危機感が広がり始めたことだ。昨年、ISはインターネット版の英字宣伝誌「ダビーク」でテロのターゲットとみなす「62カ国の十字軍同盟国」の一員に韓国を含めていた。
韓国が国際テロ集団の脅威から安全ではないことは既に実例が示している。韓国警察庁は昨年、国際テロ組織アルカイダ系の「ジャフバ・アル・ヌスラ(勝利戦線)」に追従した容疑で、国内不法滞在中だったインドネシア国籍の男(32)を検挙した。
「アル・ヌスラ」はIS指導部の指示で12年にシリアに設立され、翌年から独自勢力化し、メンバーは約1万人。シリア国民20人の殺害や国連平和維持軍のフィジー人45人の拉致などに関与した。
男は07年に偽造パスポートで韓国入りした後、インターネット交流サイト(SNS)を通じ宣伝活動をしたり、「アル・ヌスラ」へ送金していたことが分かったが、直接取り締まる法律がなかったため、出入国管理法違反で国外退去させるのが精いっぱいだった。
また18歳の韓国人少年がISの考え方に共感を覚え、トルコ経由でシリアに行き、ISの活動に加担していたことが明らかになったり、ISを公開的に支持した韓国人10人が摘発されるなど、韓国人自身が「不穏な動き」を見せているのが現状だ。
そもそも韓国は北朝鮮のテロにさらされ続けてきたという事実も、テロ防止法の必要性を語る際に指摘されてきた。
朴正煕大統領暗殺を計画して韓国に侵入し未遂に終わった青瓦台襲撃未遂事件(1969年)、ビルマ訪問中の全斗煥大統領一行の暗殺を狙ったアウンサン廟(びょう)爆破テロ(83年)、大韓航空機爆破事件(87年)、延坪島砲撃事件(2010年)など、実際に北朝鮮が韓国に対し引き起こしたテロで多くの犠牲者が出た。
しかも最近、最高指導者・金正恩第1書記は対韓テロで発破を掛けたといわれており、韓国に地下スパイ組織などを構築してきた工作機関「文化交流局(前225局)」の責任者には、金第1書記の異母兄、金正男氏の従兄弟である李韓永(本名・李一男)氏を亡命先の韓国で暗殺した実行犯の一人がなっているという。
左派系の最大野党「共に民主党」やメディア、弁護士団体などは、同法成立をめぐり過去に国家保安法で乱用があったごとき権限乱用や特定の政治目的で一般国民の金融・通信の個人情報が当局によって違法に利用される恐れがあるとして反発している。
これに対し保守系の最大手紙・朝鮮日報は「テロ防止は最初から最後まで情報収集。国情院が過去に多くの過ちを犯したからといってテロ防止を情報機関に任せないのは、テロ防止放棄に等しい」と反論している。
今月始まった韓国の臨時国会では、テロ防止法に続き、近年その被害が急増している北朝鮮のサイバー攻撃に備えたサイバーテロ防止法案をめぐる攻防が予想される。