がん治療最前線 最善の治療提供こそ使命
信州大学医学部附属病院信州がんセンター長 小泉 知展氏に聞く
かつて、「死の病」と言われたがんは、化学医療の発展で、徐々に死亡率が低下しているという。がん患者の治療、専門家の育成、新しい治療法の開拓・確立という3本柱を使命として創設された信州がんセンターの小泉知展センター長に、がん治療の現状について聞いた。
(聞き手=青島孝志)
コロナ、がん治療に影
ゲノム医療に国の支援不可欠

こいずみ・とものぶ 信州大学医学部附属病院信州がんセンター長。1985年信州大学医学部卒業。同年信州大学第一内科入局。米国バンダービルト大学呼吸器センター研究員、信大附属病院臨床腫瘍部長等を経て、現職。研究内容は肺がんの化学療法、臨床腫瘍学の臨床研究、各種急性肺損傷時に対する治療法、高地医学等多岐にわたる。
長野県は長寿県として有名ですが、ある専門家は、その原因を長野県の高齢者の就業率の高さにあると指摘している。地元で生活されている小泉教授はどうみているか。
確かに65歳以上の就業率が大変高い。また、長野県はがんによる死亡率も、75歳未満の年齢調整死亡率(人口の年齢構成の差を取り除いた死亡率)を見ると全国で最低を維持している。実は結構、野菜の摂取率も高い。保健士さんの数も人口比に比べて高い。今、保健士さんはコロナ対策で手いっぱいだが、その地域の人々の食生活までタッチされている方も多く、こうした健康志向の高さが長寿県を維持している要因だとみている。
昨年、今年のコロナ禍は、がん予防やがん治療に影響があったか。
大学病院に勤務している私の立場からは、コロナのため受診を控えてがんが進行したというケースはあまり聞いていない。ただ、東京や大阪また長野県内の病院でも、がんの早期病期での発見が減って、進行病期とされるステージ4など自覚症状が出てからの遅い発見の割合が増えている声は聞いており、コロナの影響が出ているのは間違いない。
「がん登録」と言って、例えば地域がん診療拠点病院でがんと診断されて治療された方を登録するシステムがあるが、長野県全体のがん登録の数自体は、2020年になって減少しているので、今後分析が必要と感じている。
長野県はがん対策推進条例を設け、10月15日から21日を、「がんと向き合う週間」と定めるなど、がん対策に熱心だ。
健康増進というコンセプトのもので、がん教育、がん予防、がん治療に取り組んでいる。がん治療の面では、病院の機能強化を促す意図がある。
がん教育では47都道府県の中で先駆けて、小中高校生対象に実施してきたが、文科省は今年、中学生で必ず一コマ、がん教育の授業を持つよう義務化した。ただ、学校だけに任されても困る面もあるので、医療者、行政、教育委員会などと連携して、学校の先生がうまくがん教育できるようサポートしている。その意味で、長野県は病院、行政、学校が密に連絡して取り組んでいる方だ。
小、中学校段階では、健康管理を含めて、命の大切さを教えることが主目的となり、高校生では、がんの診療、がん予防また将来医療人として社会貢献するプロセスなど具体的な内容に踏み込んでいる。
信州がんセンターは、がん患者の治療、専門家の育成、新しい治療法の開拓・確立という3本柱を使命としている。これらのそれぞれの取り組みについてお聞きしたい。
信州がんセンター発足時は、がん患者に標準治療を提供し、新しい治療法確立がコンセプトでした。標準治療とはありふれた治療という意味でなく、その患者にとっての標準治療という場合、最善の治療を意味する。治療法も時代とともに変化し、新しい薬も開発される。そうした中で新しい治療法確立を目指そうというコンセプトは変わらない。
専門家育成は、少し苦戦している。私の専門は腫瘍内科だが、抗がん剤を扱うがん薬物治療専門医は、全国で非常に少ない。その専門医を育てようというのが最初のがんセンターのコンセプトで、センター創設4、5年目までは毎年、専門医が1人から2人合格し、地方大学としては専門医輩出が多い方だった。だが近年、出願者自体も減少し、他大学に追い越されている。がん薬物治療専門医は、内科の中の位置付けだが、日本内科学会の中で腫瘍内科がまだ認知されていない現状だ。専門医育成のためには、長野県全体の連携病院の内科と協力して専門医育成に取り組む態勢づくりを目指している。
ゲノム医療に関しての展望は。
国の施策でゲノム医療が盛んになっており、私自身もがんの診療自体の向かう方向がゲノム医療であると考えている。ゲノム医療推進に当たっては、人材の確保と育成が不可欠だが、病院内で、ゲノム医療に精通した人材を育てるのは実は負担が大きい。
それゆえ、厚生労働省は3年間、がんゲノム拠点病院に予算を付けたが、来年度以降は補助金がなくなるという。これは、病院にとって致命的だ。なぜならば、通常の業務を超える負担となってしまうからだ。ゲノム医療の場合、検査に出すところまでが保険適用され、100人の患者の検査をしても有効な治療法が発見できるのは10%もいない。ですから、100人の患者の検査をしても、90人の人には「あなたには有効な治療法がないと判明した」と告げざるを得ない。となると、患者さんの精神的なサポートも必要になり、医師だけでなく、患者に関わる医療人全体の負担増となる。その点など厚生労働省は善処していただきたい。
【メモ】医療ドラマに出てくる横柄な態度の医師とは無縁の、謙虚で偉ぶることなく率直に医療現場が抱える課題を吐露された。がん患者の命を救う最前線に立つ小泉氏だが、最善の医療環境の整備という難題とも立ち向かう。手ごわい相手だが、最善の医療実現のために奮闘を祈りたい。