EVは「理屈」抜きの世界の「流れ」
小説家 高嶋 哲夫氏に聞く
災害や感染症など日本の抱えるさまざまなリスクを小説化してきた高嶋哲夫氏が、新たに電気自動車(EV)をテーマとした小説「EVイブ」(角川春樹事務所)を著した。小説は世界のEVシフトに乗り遅れた日本が、さまざまな葛藤を超えて打開策を求めていくというストーリー。
事実、国連気候変動枠組み条約第26回締約会議(COP26)では、2040年までにガソリン車の新車販売を停止する宣言に二十数カ国が合意し、自動車業界に危機感を与えている。日本の目指すべき未来について高嶋氏に話を聞いた。
(聞き手=石井孝秀)
車と共に社会の変革も
ハイブリッド捨てられぬ日本

たかしま・てつお1949年岡山県玉野市生まれ。慶應義塾大工学部卒。同大学院修士課程修了。現在の日本原子力研究開発機構研究員を経て、カリフォルニア大学に留学。帰国後、学習塾経営の傍ら小説執筆を始める。『メルトダウン』(講談社文庫、94年)で第1回小説現代推理新人賞を受賞。
なぜ、EVをテーマとしたのか。
自動車は日本にとっての基幹産業であり、貿易の大きな割合を占めている。ところが現在、欧米諸国ではどんどんEV化が進んでいる。欧州連合(EU)は2035年をめどにしているが、海外自動車メーカーの中には2030年までにガソリン車の生産中止を発表しているところもある。
ドイツでの総選挙を見ても、環境重視の緑の党が躍進するなど、ヨーロッパは気候変動問題を日本より深刻に捉えている。環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんなども有名になっているが、今後の彼女らの活動によっては、もっと早くガソリン車の販売が中止される可能性もある。
しかし、現在のところ、日本での電気自動車の販売台数(昨年)は全体の約1%でしかない。以前、トヨタ自動車はハイブリッド車の特許を全部無償でオープンにした。なぜこんなことをするのかと私も驚いたが、トヨタも先のことを見ていたのだと思う。ハイブリッド車を世界水準にすれば、EVへの移行を遅らせることができるのではないかという意図があったのだろう。
だが、それははっきり言えば甘い見通しだった。ハイブリッド車は環境的に高効率の優れた技術だが、ヨーロッパでは二酸化炭素(CO2)を排出するという点で否定的だ。
地球温暖化は既に世界レベルの大きな問題。地球は全部つながっているのだから、日本という小さな島国一つだけで、物事を考えることができない時代となっている。できるだけ多くの人にこの本を読んでいただき、この問題を知って考えてもらいたい。
小説内では、ハイブリッド車を受け入れていた中国が国内でのEVシフトを加速化させてハイブリッド車の締め出しを画策し、日本が危機感を募らせるという展開があったが、実際に起こり得るか。
中国は35年までにすべての自動車を電動化するという目標を掲げ、力を入れている。この間テレビで見たが、エアコン機能は付いていないものの、日本円にして50万円前後で販売されている中国のEVが紹介されていた。
今のところ、中国はEVだけでなくハイブリッド車も受け入れているが、この国は何をするか分からない国だ。もし自国でのEVシフトが十分進めば、即座にハイブリッド車の締め出しへと舵(かじ)を切るだろう。
自動車関連就業人口は約550万人だ。EVへの移行が進むことで失業者が増えるとされている。
EVの仕組みは非常に単純で、モーターと蓄電池さえあればいい。部品点数はエンジン車よりもずっと少なく、そのためEVが主流となれば、仕事を失う技術者や工場も出てくる。ドイツなどでは自動車エンジンの関係者に対するEVの再教育も始まっている。
また、これまで人や荷物の移動用として考えられていた自動車だが、蓄電池を利用したエネルギー移動車になるという考え方も出てくるだろう。各家庭にできるだけソーラーパネルを取り付け、昼間発電したものを電力会社に売るのでなくEVの蓄電池にため込み、それを日常生活で利用する。電気の地産地消が実現すれば、送電ロスの課題も解決する。
さらにEVも今後、AIなどIT機器の集大成になっていく。千台、万台の自動車の位置データはビッグデータとなり、自動運転などに必要な最新の位置情報の情報源になり得る。
つまり、自動車が変わるだけでなく、社会全体も今後変わることになる。EVの課題の一つとして、充電時間の長さが指摘されているが、将来的にレストランやスーパーに充電スタンドが設置され、用事を済ませている間に充電するなど、新しい生活スタイルが出てくるかもしれない。そういう新たな考え方を取り入れた町づくりをしつつ、失業者のための再就職先や技術の応用などの検討を進めていくべきだ。
EVへと移行が進めば、結局発電所の電力が増えるという指摘はあるが。
正直、世界中でかなり無理なことを進めているのは間違いない。問題になっているのは自動車の排ガスなわけだが、完全なカーボンフリー社会を目指すなら発電所もCO2フリーでなければいけないが、そうなっていないのが現状だ。
その上、仮に日本の自動車をすべてEVにしたとしたら、必要な電力は約1000万キロワット。これは原発10基分だとされている。世界がそういうところまで考えているのかというと、おそらくは考えていないだろう。最終目標は何となく決まっているのだが、そこに至るまでの過程はぐちゃぐちゃという状態なのではないか。
ただし、私個人としてはやはりゴールは必要だとは思う。昨年、菅前首相が2050年までにカーボンニュートラルを実現するとかなり難しい目標を掲げていたが、ゴール設定の必要性という意味では私も賛成している。
地球温暖化は待ってはくれない。カメラがフィルムからデジタルへと不可逆的に移行していったように、ガソリンエンジンが蓄電池やモーターに移行していくことは、「理屈」抜きの世界の「流れ」だと私は考えている。温暖化が進み続けて取り返しのつかないことになるより、地球レベルで必死になって頑張れば、未来への希望も見えてくるかもしれない。
今回のCOP26をどう見るか。
COP26はそこそこ成功したと思う。日本政府も脱CO2の分野でEUに追い付こうと必死だと感じた。日本がアジア各国への脱炭素化のために追加支援を行うことを表明したが、これも国際社会に対するアピールだろう。だが、現状の自動車産業を考えれば、日本政府もメーカーもまだハイブリッド車は捨てきれないだろう。いずれはEVに切り替えていかなければいけないが、中途半端な姿勢が命取りになってしまわないか心配だ。
【メモ】「EV」を「イブ」と読ませるタイトルについて尋ねると、「新しい夜明けや生命の根源など、未来を感じさせる意味を込めた」とのこと。オンラインでの取材だったが、扱うテーマの深刻さも含め「大事な本」と訴える熱意は、画面を通り越して心に伝わってきた。自動車産業に詳しくなくとも、ミステリー風味の展開で最後まで一気に読ませてくれる小説である。