ノーベル平和賞 強権から報道の自由守れ
今年のノーベル平和賞は、フィリピンのジャーナリストのマリア・レッサ氏とロシアの独立系新聞「ノーバヤ・ガゼータ」編集長のドミトリー・ムラトフ氏の受賞が決まった。強権的な政権と闘ってきた両氏が評価された背景には、世界的に独裁政治、強権政治によって報道の自由が脅かされていることへの危機感がある。
比と露の記者の受賞決定
レッサ氏は調査報道サイト「ラップラー」の最高経営責任者(CEO)を兼ね、フィリピンのドゥテルテ政権と対峙(たいじ)。容疑者殺害もいとわない麻薬犯罪捜査など政府の政策を批判してきた。ムラトフ氏は、プーチン政権に批判的なジャーナリストの殺害が相次ぐ中、ノーバヤ・ガゼータに所属する複数の記者らに犠牲者を出しながらも、政権に妥協しない報道を堅持した。
ノーベル賞委員会は「民主主義と報道の自由が一段と困難な状況に直面する世界にあって(報道の自由という)理想のために立ち上がるすべてのジャーナリストを代表している」と2人を称賛した。
国際NGO「国境なき記者団」によると、当局による弾圧などを背景に、今年だけで各国で報道関係者28人が殺害され460人が投獄された。勇気あるジャーナリストの受賞を讃(たた)え、報道の自由堅持のために決意を新たにしたい。
一方、強権・独裁政治によって表現や報道の自由の深刻な危機の中にある香港の民主化運動や独立系のメディアが選ばれなかったことには疑問が残る。香港には独立系のニュースサイト、香港フリー・プレス(HKFP)が活動を続けており、香港民主化運動やHKFPを平和賞に推薦する動きもあった。
これに対し、中国政府からの妨害工作があった可能性がある。中国政府は2010年に民主運動家の劉暁波氏へのノーベル平和賞授賞が決まった時、激しく反発し、中国とノルウェーの外交関係が厳しくなった。
事実、中国メディアは今回のノーベル平和賞に関する速報をすぐにインターネット上から削除した。これをみても、中国は香港民主活動家や独立系のジャーナリズムの受賞を強く警戒してきたことがうかがえる。
もし、そのような背景で選ばれなかったのだとすれば、極めて残念なことであり、平和賞の権威を貶める恐れがある。いずれにしてもノーベル賞委が述べた「理想のために立ち上がるすべてのジャーナリスト」の筆頭に香港の独立系ジャーナリズムがあるのは世界が認めるところだろう。
今回の受賞決定は、平和と民主主義の基礎にあるのは報道の自由であるとの認識を新たにした。ただ、あくまでも強権的、独裁的な政権との対峙が評価されたのであり、闇雲の政権批判ではない。
単なる政権批判に陥るな
世界的に見れば、民主主義と報道の自由を最も脅かしているのは、共産党一党独裁の中国であることは明らかだ。その最大の脅威と戦わず、報道の自由が保障されている日本で、政権をただ批判するのがメディアの使命と考えるのは、自由のはき違えである。