陛下「生前退位」、御意向受け止め精緻な論議を
天皇陛下が、生前に天皇の位を皇太子殿下に譲られる御意向を示されていることが明らかとなった。
宮内庁は近く、陛下の御意向を公表することも検討しているという。
御公務への妥協なき姿勢
陛下は現在、82歳。憲法上の国事行為のほか、被災地訪問や大戦の戦跡地を訪ねる「慰霊の旅」など、御公務に精力的に取り組まれている。今年も3月に福島、宮城両県の復興状況を視察され、5月には熊本地震の被災地を訪問された。
現在、陛下の健康上の問題はないとされる。心臓のバイパス手術を受けられた2012年、79歳の誕生日の会見では、御公務について「今のところしばらくはこのままでいきたい」と語られた。しかし、15年の82歳の誕生日会見では「年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました」と、老いについて率直に話された。
陛下が生前退位の御意向を示された背景には、天皇としての務めに遺漏があってはならないとの、御公務への妥協のない姿勢があると思われる。そのような陛下の御意向を重く受け止めたい。
天皇の生前退位は、古代から数多く事例があるが、明治時代に制定された皇室典範では認められなかった。現行の皇室典範では、退位に関する規定はない。そのため、皇室典範の改正という問題が浮上してくる。
一方、皇位の安定性という観点から、改正の是非は慎重に検討しなければならないという意見が出てくるのも当然である。皇室典範には、天皇が「身体の重患」などで公務を続けられない場合、「摂政を置く」としており、この仕組みを活用すれば改正は不要との意見もある。
仮に皇室典範を改正して「生前退位」の規定を設けるとしても、さまざまな課題が浮上する。まず、どういった場合に生前退位が認められるか。年齢や健康状態などの条件を設ける必要があるのか。
何より、退位が政治的に利用される恐れはないかという問題も考えなければならない。わが国では、皇位継承が政治権力者によって左右されてきた歴史がある。そのため明治憲法は、皇位継承が政治的葛藤に巻き込まれないことを重視した。
さらに、退位以後の天皇の身分や称号をどうするのかという課題も出てくる。かつて日本には位を譲った天皇を指す「上皇」の称号があったが、その役割などについても明確な規定が必要となる。
このように皇室典範を改正する場合、さまざまな課題が派生する。皇室の伝統や近代に整えられた制度の利点、象徴天皇の本質などを守りながら制度設計していくことが求められる。
皇位継承にも関わる問題
宮内庁は13年、時代に即した皇室を、との陛下の御意向を受け、天皇、皇后の葬法を土葬から火葬に変更すると発表した。この変更は概ね国民の支持を得たが、生前退位は皇位継承にも関わる問題である。
陛下の御意向を重く受け止めた有識者による精緻な議論が必要である。