トップアスリートの育成に脳科学不可欠
脳機能再建プロジェクトリーダー 西村幸男氏
東京都医学総合研究所がこのほど、都民講座「スポーツ脳科学への招待」を東京都千代田区の一橋講堂で開いた。トップアスリートの並外れた身体能力と不屈の闘志は、どこから来るのか。「心から湧き出る運動パフォーマンス」と題して西村幸男プロジェクトリーダーが脳科学の観点から考察した。
脳は高度なパフォーマンスの根源
強い筋肉・瞬発力を育てたり、持続力・心肺機能を高めるための高地トレーニングなどは運動生理学の分野で研究されてきた。冬季スポーツのジャンプ競技のV字飛行、スケート競技のパシュート、水泳の水や空気の抵抗を考察する流体力学、風洞実験などがスポーツ界に貢献してきた。
1980~90年代の選手強化において、スポーツ脳科学の分野がスッポリと抜け落ちていた。ライバルとの競争で成績が伸びる、連敗続きの上位者に突然勝てるようになる、厳しいトレーニングを長年継続する強靭(きょうじん)な精神力は脳が大きく影響している。
アマチュア選手とトップアスリートに膝の曲げ伸ばしという簡単な運動で脳の反応を見る研究をした。アマチュア選手は使う脳領域が大きく、トップアスリートは小さい。無駄に脳領域を使っていないことが分かった。歩行という健常者なら誰でも、考えなくてもできる運動は脳よりも、脊髄が大きな役割を果たしている。歩行をつかさどる脊髄の部位に磁石で強い磁場の刺激を与えると、歩行運動のような運動行動を起こす。
脳は運動において、あまり大きな影響を与えていないのかというと、そうではない。大きな力を生み出すには、たくさんの筋肉へ脳からの信号が適切に伝わらなければ達成できない。目や耳で敵味方の位置情報を収集し、それを脳で集約・状況判断し、次の行動を決定するのも、脳の役割だ。
チームメートやコーチなどとの人間関係、集中力、不屈の闘志、努力、悔しさをバネにした上達への心、戦術、駆け引きなども脳が作り出し制御される。高度なスポーツパフォーマンスの根源をたどれば「スポーツの主役は脳」といっても過言ではない。
側坐核(そくざかく)はおいしい食べ物の記憶、勝ったら報酬がもらえるなどの良い感情に影響される脳の部位。勝つと、視床下部から快楽物質のドーパミンが出る。運動しなくても、考えるだけで、脳の運動野が活発に働き、ポジティブな思考につながり、試合の準備などに大きな力となる。
世界のトップレベルで戦い勝ち抜くには、心の強さが重要である。心の強さと運動パフォーマンスは脳の中で作られており、大脳皮質の運動野が運動パフォーマンスを引き出す。大脳皮質の帯状回(感情の形成と処理、学習と記憶に関わりを持つ部位)が情動を作り、さらに中脳辺縁系の側坐核が心の動きと運動を制御している。このような流れが「心が体を動かす仕組み」だと考えている。