寄り添う医療


 日本で初めて「がん哲学外来」を開設した、順天堂大学の樋野興夫先生の話を伺う機会があった。がん細胞の話をしながら、内村鑑三や新渡戸稲造といった先人の言葉を巧みに引き出しながら聴衆を引き込む。言葉の魔術師と称されている。顕微鏡でがん細胞を見てきた病理学者ががん患者との対話を始めるようになったのは、医療で患者の心は救えないという思いから。

 患者や家族とお茶を飲みながら、1時間くらいかけて雑談風の交流をする。「鳥は飛び方を変えられないが、人間は生き方を変えられる」。この一言で救われ、絶望のどん底にあった患者が人生の意味を考え始める。9年前に始まった「がん哲学外来」は瞬く間に全国各地の病院に広がり、ここで立ち直ったがん患者らが自主的に運営する「メディカル・カフェ」も次々と誕生している。

 深刻な病気や原因不明の難病患者の中には寄り添う医療を求めて、病院を転々とする人も多い。半年前に知り合った独り暮らしの女性は退職後、原因不明の筋肉硬化症を発症し、わらをもつかむ思いでたどり着いたのが東洋医学の治療院だった。

 先日、付き添いを頼まれ、治療院に同行した。洋館の一軒家に入ると、先生自らハーブティーを入れ、患者の訴えや疑問に実に丁寧に対応していた。スタッフの中にはうつ病を経験し、ここで立ち直ったという方もいた。彼女は「ここに来て初めて前向きな気持ちになれたんです」と話してくれた。

 命に関わる病気になった時、身近にいる家族の存在は大きい。ところが、独り暮らしの高齢者や家族の支えがない人が増えている。これからの医療は大病院から地域医療に軸足を移していく。在宅での、みとりも増える。樋野先生によると、寄り添うコツは「暇げな風貌」とフーテンの寅さんのような「偉大なおせっかい」。医療や医者はもちろんだが、私たちにも求められている。(光)