生きる希望伝え感動呼ぶ、「福島の今」描いた創作劇
大沼高校演劇部「シュレーディンガーの猫」
福島県立大沼高校(会津美里町、五十嵐研校長)の演劇部による創作劇が感動を呼び起こしている。東日本大震災と東京電力福島第一原発事故発生後の「福島県の今」を描いた作品で、高校演劇としての高評価はもちろん、困難に負けず生き抜くことの大切さを訴えたものとして注目を集めている。(市原幸彦)
芝居通じ生徒らに使命感も
この創作劇は「シュレーディンガーの猫~Our Last Question~」。原発事故で浜通りから避難し、会津地方の高校に転校した女子生徒2人が転校先の同級生6人と互いに心を通わせ、津波の恐怖や肉親を亡くした悲しみ、避難生活の苦労を一緒に乗り越えていくというもの。
「シュレーディンガーの猫」とは、物理学者E・シュレーディンガーが提唱した量子力学上の思考実験。箱に入れられ、放射線の放出に生死を握られた猫を想定し、その生死を考える。劇中では「生きている状態と死んでいる状態が50%の確率で同時に存在している猫」と説明されている。
これまで、地元の仮設住宅や東京などで20回以上上演。先月4日には相馬市で、6日は東京・新宿で公演が行われ、両公演とも終幕後、拍手が鳴りやまなかった。
この作品は、実際に福島県富岡町から家族とともに避難してきた坂本幸さん(当時3年生)が演劇部に入部したのをきっかけに、平成24年夏から同校顧問の佐藤雅通教諭(46)が脚本を書き始め、部員同士が意見を出し合って創り上げた。
だが、生徒たちの気持ちはすんなり一致しなかった。その年の秋、自分の体験について口を閉ざしてきた坂本さんは稽古に入って「そんなんじゃ、被災者の気持ちは伝わらない」と、自らの経験と心の傷を涙ながらに語った。それを聞いた生徒たちもまた涙を流しながら彼女の心を受け止めた。佐藤教諭は「そこから劇はガラリと変わりました」と語る。
その年の県の演劇コンクールで最優秀賞を獲得した。ところが12月の東北大会では、講評委員(各校の生徒)から「内容が重い」「震災を見せ物にしている」などと評され、優良賞にとどまった。
思いを共有してくれていると信じていた東北での否定的な反応に、生徒たちは落胆した。それでも「避難者をテーマにしているので重いのは当たり前だ、気にせず坂本はじめ被災者の思いを伝えていかないとだめだ、このままやっていこう」と思い直した。
昨年4月、楢葉町の仮設住宅での公演では「自分たちの気持ちを代弁してくれている」と、被災者が感動してくれた。そこから自信を持ってやるようになった。大熊町の仮設住宅では「若い子たちの勇気が迫ってくる。私達もしっかり生きなければ」と、「明日を考える女性の会」は観劇をきっかけに仮設外の被災者や自主避難者への支援活動を始めた。
また、ショックを抱えながら3月にいわき市で公演した時、福島支援を行っているNPO法人ウシトラ旅団(本部・東京)のメンバーの目に留まり、東京・下北沢の劇場「楽園」での4日連続公演が決まった。8月15日からの公演は連日満員だった。
主催したウシトラ旅団は「感激でした。この子たちが大人になったら、きっと何かが変わるかも知れないとの期待を持った時間でした」(ウシトラ旅団ホームページ)。
生徒たちも変わった。「この芝居を通して、本当に震災関連についてよく勉強をするようになったし、人のために役に立ちたい、手助けしたい、被災者の立場に立って行動したいと、使命感も持つようになった」と佐藤教諭。
佐藤教諭は昨年8月、この作品で全国教育連盟などが主催する脚本賞「晩成書房戯曲賞」の最高賞を受けた。オリジナルメンバーはみな卒業したが、「この芝居は伝えていこうと思っている。要請があれば、新しいメンバーで公演したい」。
坂本さんは今、茨城県で大学生活を送っている。東京公演を観た感想を佐藤教諭に次のように語ったという。「前は風化を止めたいという観点から芝居ができていると思っていたが、力強く生きていこうと希望を持たせるような芝居に見えてきた」。
佐藤教諭は「被災者は先が見えない不安が大きい。もう少し希望が見える形に、変えていこうかと思っている。これからも被災者の方々に寄り添う形で、この福島の現状が全国の人びとに伝わっていけるような活動をしていきたい」と語っている。