1個ない「水の女王」成田真由美選手の「金」


 パラ競泳界の「水の女王」成田真由美選手(51)。最後のレースとなった50㍍背泳ぎ(運動機能障害S5)決勝をテレビで応援しながら、かつてインタビューした時に聞いたエピソードを感慨深く思い出していた。

 成田選手はアトランタ大会(1996年)からアテネ大会(2004年)までに金メダル15個獲得している。しかし、「1個、手元にない」という。アテネのあと、ライバルで親友だったカイ・エスペンハイン選手(ドイツ)のお墓に供えたからだった。

 彼女の存在を知ったのは、アトランタ大会に向けた強化合宿中だった。泳ぎ込んだ成果で自分の実力に自信を持つようになっていた。しかし、100㍍自由形で自分より10秒以上も上回る選手がいることを知ってショックを受けた。それがカイ選手だった。

 負けず嫌いのスイッチが入った。アトランタにはカイ選手と一緒に泳ぎたくて行ったと言っても過言ではない。猛練習を積んで金2個を獲得したが、カイ選手は4個。4年後のシドニー大会では、彼女より多くの金を取るという目標ができ、練習に拍車が掛かった。

 シドニーでは、すべての種目でカイ選手に勝って金6個を手にした。しかし、ライバルの体調が万全ではなかった。2年後、ドイツから「容体悪化」の連絡が届いた。すぐ飛んでいきたかったが、自身も入院中。夫と2人で千羽鶴を折り送ったが、それが届く前日に亡くなった。

 ライバルの分まで金を取るとの目標を掲げて出場したアテネでは金7個を獲得した。そのうち6個は世界新。カイ選手が記録を持っていた50㍍背泳ぎだけは破ることができなかった。アテネ後、金1個を彼女に捧(ささ)げるため、ドイツに飛んだ。「彼女がいたからこそ、取れたメダルだから。カイは、私の心の中で今でも生きている」。現役最後となったレースは、くしくも50㍍背泳ぎ。永遠のライバルと一緒に泳いでいたのではないか。

(森)