ゲノム研究でがん患者に合う治療が可能に
九州大学大学院薬学研究院の藤田雅俊教授
東京都医学総合研究所はこのほど、都民講座「ゲノム研究がもたらす新しいがん医療」をオンラインで開催した。「ゲノム研究から明らかになった発がんの仕組みと、それを利用した新しいがん治療法の開発」と題して、九州大学大学院薬学研究院の藤田雅俊教授が講演した。以下は講演要旨。(竹澤安李紗)
「未来に夢ある」がん医療、オンラインで都民講座
われわれは全て細胞からできている。しかし、細胞は遺伝情報を持つゲノムの「家」にすぎない。細胞同士は、たんぱく質という「電話線」を介し、常に「会話」をしている。その会話の結果、敵と認定し、相手を攻撃することもある。
細胞同士の会話には「話し掛けている」細胞と、「聴いている」細胞があり、後者は受容体たんぱく質を持つ。この受容体たんぱく質が「話し掛けている」細胞から伝令を受け取り、細胞増殖など何らかの働きをする。
例えば、けがをして傷ができたとき、傷を治すため血小板由来増殖因子(PDGF)という伝令が放出され、PDGFを受け取った受容体たんぱく質は細胞増殖を促す。これを「シグナル伝達」という。
この「シグナル伝達」の過程において働くたんぱく質の設計図である遺伝子が変異し、異常なたんぱく質がずっと信号を送り続ける状態になると、細胞が増殖し続け「がん細胞」が誕生してしまう。
この細胞増殖を促す異常なたんぱく質にストップをかける役割を果たす薬が、がんの治療薬となる。一番初めに登場したのは、2001年の慢性骨髄性白血病の治療薬「チロシンキナーゼ阻害剤イマチニブ」であり、これまでに多くの患者の命を救ってきた。このようにゲノム研究によって発がんの仕組みが明らかになることにより、それを利用した新しいがん治療法の開発がなされてきた。
現在、がん医療には以前より行われてきた「標準治療」と、「がんゲノム医療」がある。「標準治療」と聞くと、特別ではない印象を受ける人もいるが、一番初めに行う「標準治療」は、今日、最も効果的な治療だと言える。
「がんゲノム医療」では「標準治療」が効かなくなった場合や、珍しいがんの場合に「がん遺伝子パネル検査」を実施する。この検査で遺伝子の変異を網羅的もしくは部分的に調べ、患者に合う治療を行うことが可能になった。
この検査には以前、非常に高額な費用が必要であったが、今では適用が認められた場合には健康保険で受けることができる。それでも、現時点では対応できる薬の数が限られているため、実際に治療に結び付く人は全体の10%程度と言われている。さらに、検査によって知りたくなかった「遺伝性のがん」が発見されることもある。 また、別の問題として、新しい治療法は高額であることが挙げられる。「お金持ちだけが治療できる」社会は良くない。医療は平等であるべきだからだ。しかし、税金での医療費負担には限界がある。その場合、「治療は何歳まで行う」とする一定の基準を設ける必要があるかもしれない。このような問題についても、今後議論されていくべきだ。
今も多くの医師や研究者たちは、がん医療の精度を向上させるために努力を続けている。近年、不可能とされてきた治療薬も新たに発見されており、希望はある。今後のがん治療は、楽観はできないが、(がん医療の未来に)夢はある。