飼い犬に足を噛まれたら、家族から咎められた


 「飼い犬に手を噛(か)まれる」という言葉がある。日ごろからよく面倒を見てきたのに裏切られたという諺(ことわざ)的な意味とは違って、文字通り、飼い犬に手を噛まれるのは、もともと十分世話せずに犬がその人を主人と思っていない場合に多いのだという。

 数年前に、知人が頭をかきながら「実は昨日、飼い犬に手を噛まれたんだ」というので大笑いしたことがある。だがその時、知人が落胆していたのは、飼い犬に手を噛まれたことではなく、その事件を知った奥さんから「何で手を噛まれるのよ」と、逆に噛まれた方が悪いというような気勢で説教されたことだった。俺は妻にとって犬よりも劣る身なのかと自虐的に語っていたことをよく覚えている。

 数年たって今度は自分が同じ境遇に陥るとは、その時はもちろん夢想だにしなかった…。

 先日、夜になって花粉が大量に飛んでいたのか、涙と鼻水がこぼれそうになって自宅に着いたので、慌てて居間に飛び込んでティッシュペーパーに向かってダッシュしたら、その勢いに驚いた娘の飼う子犬が足に噛みついてきた。あまり痛くはなかったが、ビックリしたこともあって踏み出した足を止められず、結果的に子犬の下顎と前足を強く踏みつけてしまった。

 子供たちと妻の目前だったが、皆の冷たい視線がさっと筆者に注がれ、すぐに子犬に向かって「大丈夫」と声を掛けて、動かなくなった犬の脚を見ながら「かわいそうじゃないの、なぜ謝らないの」と筆者を咎(とが)め始めたのだ。事情はどうあれ、私の足を心配するのが筋だろうと思うのは筆者ぐらいで、子供たちのけんまくに押されて妻まで「まずはあなたが謝ってあげたら」とつれない。

 夜中に子供たちが子犬をペット病院に連れていって、骨折でなく脚の腱(けん)が伸びただけだと分かったが、日ごろ、家族奉仕が少ないとこんな羽目に陥るのかと、ひどく悲哀を感じつつも反省させられた。

(武)