「人体の複雑さ」について考えてみよう
「人体の複雑さは無限だが、人知は有限だ」。心臓手術を受けて脳に重い障害が残り寝たきりとなった女児(9)とその両親が、医師にミスがあったとして、手術を行った大学病院に損害賠償を求めた訴訟で、裁判長が判決の中で述べた言葉だ。
先月29日、裁判長は「本人や両親の悲痛は察するに余りある」としながらも、医師の過失を認めず、原告側の請求を棄却した。ここで、この訴訟を取り上げたのは、判決の妥当性について言及するためではない。裁判長の言葉に、人体の複雑さを改めて思ったからだ。鑑定医4人に意見を聞いても、脳障害の原因については一致しなかったという。
これほど複雑な人体であればこそ、新型コロナウイルス感染症で亡くなる原因の一つと言われている免疫反応の暴走「サイトカインストーム」がなぜ起きるのか。臨床医や研究者たちは調べているが、その答えを見つけるのは簡単ではなさそうだ。
生理の世界の話だが、興奮すると分泌される神経伝達物質アドレナリンは、1000分の2㌘注射しただけで死んでしまう(『本能のなぞ 脳の働きはここまでわかった』)。だから、同書の著者・大村裕さん(神経学者)は「ほかにも、ちょっとたくさんあると、害をあたえるものはたくさんあるので、なにが多ければよいというように単純化することはできません」と述べている。
一方、コロナとの戦いで、期待される治療薬についてもその有効性や安全性を示すのは難しい。例えば、治療薬候補「アビガン」。臨床試験では軽症者の88%が改善したという。しかし、この感染症はもともと自然治癒する場合が多いのだから、薬の効果なのか分からない。
さらに「予期せぬ副作用の報告はない」との研究があるが、副作用の恐れも報告されている。素人はなぜ早く承認しないのかと思いがちだが、なぜ専門家が「慎重に」と言うのか。人体の複雑さを考えてみよう。
(森)