【上昇気流】言葉は自分が思った通りに相手に伝わるとは限らない


言葉

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 今では、このように呼ぶ人はいまい。数十年以上前の気流子の学生時代、教育関係の大学教授が授業で、自分の家族を「愚妻」と表現していたのである。現在ではアウトだと思うが、老教授はおそらくユーモラスに自分の家族のことを紹介したつもりだったのだろう。

 言葉は難しいもので、自分が思った通りに相手に伝わるとは限らない。誤解されてしまい、ケンカになることもあるだろう。時代とともに、言葉自体のニュアンスが変わってくることも少なくない。

 例えば「貴様」という言い方も、現在では相手をののしるような意味合いになっているが、もともとは目上の人などに敬意を表す言葉だったのである。それは字を見ても明らかである。

 言葉の難しさや変化を感じるものに、俳句の歳時記に収録された季語がある。意味や内容が、それぞれの言葉が季語として定められた時代の風俗や常識に負っているせいか、改めて歳時記で調べないと分からないものがある。その上、旧暦と新暦の違いがあるので季節感がずれていることも。

 暦を見ると、きょうは「立冬」である。稲畑汀子編『ホトトギス新歳時記』の「11月」の項目は、立冬から立春までを「冬」としている。紅葉もこれから本格的なシーズンに入るので、「冬」と言われてもという気持ちになる。

 その意味で、言葉とは難しいものである。同じ日本人でも通じないとすれば、外国人であればもっと難しいだろう。