公約と膏薬(こうやく)はどこへでもつく
昭和の時代に「公約と膏薬(こうやく)はどこへでもつく」と言われた。選挙が近づくと思い出す。公約は百花繚乱で目がくらむ。膏薬は今どき馴染(なじ)みが薄いが、明治生まれの祖父が重宝していた
真っ黒な泥状の練りもので、見た目はグロテスク。が、厚紙に塗り付け、腫れ物に貼っておくと、不思議と膿を吸い出した。おじいちゃんの妙ちくりんなお薬だった
「故事ことわざ辞典」を見ると、公約でなく「理屈と膏薬」とある。まあ、公約も理屈と同じようなものか。10万円を支給します、家賃を補助します、最低保障年金を設けます……。いやはや、皆さん「打ち出の小槌」をお持ちのようだ
江戸期の農聖、二宮尊徳は小田原藩主・大久保忠真(ただざね)公から荒地の復興を依頼され、どれだけ資金が必要かと問われた時、いともあっさり言ってのけた。「農民に一金をも下さらないことが、救済の秘訣です」と
「お金を下さると村の名主・百姓は皆この金に心を奪われ、たがいにこの金を手に入れたいと思い、貪欲と無頼を招来し、民の間に軋轢を生むだけです」(『報徳記』)。衰貧を救うには衰貧の力をもってする。知恵を出し、汗を流せば「至誠の感ずるところ、天地も之が為に動く」
今風に言えば、潜在能力を引き出すエンパワーメントだ。誰もが持てる力を発揮できるのが共生社会ではなかったか。膏薬は毒を吸い出し、公約はエンパワーメントを引き出す。それならば、どこにつけても了としよう。