中国の秘密活動へ対応模索
米コラムニスト デービッド・イグナチウス
識者・記者らに圧力も
米の民主的価値観に挑戦
先月発表されたトランプ政権の国家安全保障戦略では、あまり注目されなかったが、情報を操作し、米国の大学、シンクタンク、映画スタジオ、報道機関に影響を及ぼすことを狙った中国による「影響活動」へ新たな対抗策を講じることが示されていた。
政府当局者らによると、議会と連邦捜査局(FBI)による2016年大統領選へのロシア介入疑惑の捜査が、中国への対応によって影響を受けることはないという。中国が、増大する富と力を生かして、何の制約も受けずに、長期的に悪影響を及ぼし得る能力を持っていることを明らかにすることが目的だ。
政府高官によると、各機関からの代表が参加する国家安全保障会議(NSC)は、中国による「従来のスパイ活動とは違う、黒白のはっきりしない極秘影響活動」の研究を行ってきた。55ページに及ぶ戦略報告によると「米国の競合国が情報を武器に、米国の価値観や制度を攻撃し、自由社会を動揺させる一方で、競合国は外部の情報からの影響を遮断している」という。
中国の活動を標的とすることで、米国の知識人、シンクタンクの専門家、ジャーナリストらが中国からの圧力に抵抗するのを支援できる一方で、中国の活動に対する米国民の懸念を高められる可能性もある。当局者らは、1950年代のようなヒステリー状態は避けながら、米国の機関が、中国共産党からの脅威の影響を受けないようにすることを狙っている。中国共産党は資金力があり、自信に満ち、人の心を引き付ける。ロシアにはこのようなところはない。
政府高官が9日のインタビューで明らかにしたところによると、「(標的は)中国のソフトパワー、合法的な人と人との交流や意見交換ではない。それなら歓迎だ。ここで取り上げているのは、選挙、高官、政策、企業の判断、世論に影響を及ぼすための威圧的で極秘の活動だ」という。
◇豪の規制が契機
オバマ政権でアジア政策を担当し、現在はコンサルタント会社アジア・グループを経営するカート・キャンベル氏は、これに一定の評価を下し、「中国の影響活動へのNSC主導の調査は、着実に進められれば、効果を上げる可能性がある。私たちはロシアの情報操作への対応に注力してきた。しかし、中国はロシア以上に、捉えどころのない、複雑な計略を米国で実行している」と語っている。
トランプ政権による調査の契機となったのはオーストラリアだ。オーストラリアの主権を損ねる可能性のある「前例のない」(オーストラリア司法長官)外国からの介入が明らかになり、ターンブル首相は昨年12月、新たな規制を提案した。
米政府当局者は、米国の機関が中国によっていかに脅かされ得るかを例を挙げて説明している。
―大学は35万人以上の中国人を受け入れている。全留学生のほぼ3分の1に当たる。中国政府は学生らに、現地の中国人学生・学者協会に加入するよう求めている。学生に圧力がかけられることもある。米政府高官によると、反体制派の家庭出身の学生が友人から個人情報を共有しないよう指示され、従わなければ中国情報機関に報告すると警告されたケースがあったという。
中国政府の指示に従わない学生や大学は、代償を支払うことになる。メリーランド大学で卒業を控えた4年生の中国人学生が昨年、ソーシャルメディアで攻撃を受け、言論の自由をたたえる発言をしたことについて謝罪させられた。カリフォルニア大学サンディエゴ校では、ダライ・ラマを招待したことに学生団体が抗議し、これ以上の中国人留学生が来なくなり、卒業単位が本国で認められないようになる可能性があると警告した。
◇映画界にも影響
―シンクタンクは中国研究に熱心だが、研究費が、中国政府に近い企業幹部から来ていることがよくある。そのため、微妙に親中へバイアスがかることもあり得る。シンクタンク幹部との話で米政府高官は、「この問題にもっと光を当てる必要がある。日光は最良の殺菌剤だと思う」と訴えたことを明らかにした。
―ハリウッドの映画スタジオは、特に難しい問題を抱えている。中国での興行収益が業績に大きな影響を及ぼすからだ。中国でのチケット販売は、2010年の15億ドルから昨年の86億ドルに増加した。これは米国に次ぐ2位だ。必然的に中国当局者らの機嫌を損ねることを恐れる。
―報道機関も圧力をかけられることがある。踏み込み過ぎと判断された記者へのビザや記事が制限を受ける。ブルームバーグ・ニュースが12年に中国政治指導者らの家族の資産を暴露した時、中国政府は国内のブルームバーグ金融情報端末の販売を一時的に停止した。大打撃を与える可能性のある措置だ。
中国の輝かしい近代化のうわべだけを見て、欧米諸国と変わらないと考えてしまうこともあり得る。米中央情報局(CIA)の元分析官で現在はジェームズタウン財団で中国の情報操作を研究しているピーター・マティス氏は、これを否定する。米国の指導者が中国からの代表に会っても、それは、自由に流れる「水路」ではなく、管理された回路を通じたものだとマティスは指摘した。
米国は、民主主義的価値観に実力と資金力で挑む中国のような競合国に出合ったことがない。米国が新たな「赤狩り」を望んでいないことも確かだが、警戒はすべきだろう。
(1月10日)