失われた大統領の道徳的権威
米コラムニスト マイケル・ガーソン
見るべき実績のない1年
蔑ろにされる真実
このところペンス副大統領の閣議でのへつらうような態度が目立つ。「1年を通してこの国を復活させるための政治課題に理解を示していただいたことに感謝します」など挙げればきりがない。共産党中央委員会や独裁者の誕生パーティーなら適切かもしれないが、誇り高い社会の一員としては不適切だ。
自尊心を捨てることが、トランプ政権で働くための資格の一つだ。ペンス氏のように「親愛なる指導者」をたたえるのは、親愛なる指導者が要求するからだろう。食事の後にデザートが欲しくなるようにではなく、麻薬常習者が麻薬を欲しがるようなものだ。トランプ大統領は世界を、しもべと敵の2種類に分断した。ペンス氏はしもべであり、お追従者の中のお追従者だ。笑っているのか、反吐(へど)を吐いているのかも分からない。両方同時にするのは難しい。
凡人が奇跡を起こすと言っているようなものであり、そのことがトランプ氏の1年目を客観的に評価することを難しくしている。トランプ氏は世界に歴史的な変化をもたらすと訴えるが、見るべき成果はほとんど出ていない。ではどのようにしてトランプ氏がしてきたことと、実際の期待とを対比すればいいのか。
◇保守派判事を指名
トランプ氏の共和党員としての成果を挙げれば、ゴーサッチ最高裁判事ら保守派の判事指名、「イスラム国」(IS)の「掃討」、税と規制の改革ということになる。これらの成果がどのような恩恵をもたらすと考えるかは人それぞれだろうが、どれも重要なことだ。それに加えて、トランプ氏は世界を吹き飛ばしたわけでも、議会を停止したわけでもない。一部の保守派からは奇妙な敬意まで払われるようになっている。
だがどれも見掛け倒しだ。ゴーサッチ氏は、保守系の法律家団体フェデラリスト協会の推薦であり、マコネル上院院内総務の指名承認への取り組みを根底から覆すようなことではなかった。イスラム国の掃討は大部分がオバマ政権の戦略の継続であり、ほぼ達成された。税制改革は法人税減税など非常にいいところもあるが、分配と赤字という重大な問題を抱える。
トランプ氏が取り組んでいる政策課題はとにかく普通というしかない。2016年大統領選予備選を勝ち抜いた共和党の大統領なら誰でも、保守派判事を指名していただろうし、イスラム国への攻撃、税と規制の改革を続けていただろう。オバマケアの代替にも成功していたはずだ。しかし、重要なのはまさにこの点だ。トランプ氏は、最も政治的に勢いのある1年目を、ほんのわずかの当たり前の共和党の目標達成に費やした。左派からの強い非難があったとはいえ、驚くほどのことではない。
◇支配拡大する中国
いいことを数えるのは大切なことだ。困難に直面しているときでもそれは変わらない。しかし、共和党と保守派にとって、そのための犠牲も数えなければならない。犠牲とは、はかりの反対側に掛かる荷重だ。
テロとの戦いは、偏狭な反イスラム感情を元に再開された。これで、国内での取り締まりと過激化抑制への取り組みが台無しになる。世界中の全体主義政権は、人権をめぐる非難を受けなくなり、ほっとしている。反体制派や民主活動家は孤立し、見捨てられたと思っている。自国を脱出する難民は絶望と孤独感にさいなまれている。トランプ氏は、相手にひどいあだ名を付けて、重要な核交渉に臨んでいる。国務省の士気が失われ、外交の能力と経験を持つ職員らが流出している。トランプ氏は、資金援助を必要とする重要な同盟国を退けた。米国は、アジアでの効果的な経済的競争から手を引き、中国がアジアでの支配を拡大している。ロシアが近代史上最大規模の情報操作で、望んだ通りの米大統領の選出に手を貸したのは間違いなさそうだ。
トランプ氏は、大統領の権限をチェックし、不正を暴く裁判所、連邦捜査局(FBI)、情報機関、メディアといった重要機関の信頼性を損ねようとしてきた。自己の権限とツイッターを使って、適切な手順を踏むことなく自国民を直接、攻撃してきた。日々の大量の卑劣なうその中で、真実を尊重するという考え方そのものを蔑(ないがし)ろにしてきた。国民の普通の生活は、粗野で荒々しくなり、子供への道徳教育も困難になった。人種差別主義者が勢いづき、共和党と連携している。トランプ氏のせいで大部分の共和党員は、これまでとは違い、生活の中で怒りと憎悪を抱くようになり、そのため、統治が困難になり、若者、少数派、女性、大卒有権者は今後数十年間にわたって共和党を信用しなくなるだろう。
国内の政治課題についてここでは書き尽くせないが、1年たってはっきりしたことは、トランプ氏のほとんどの実績は、従来の共和党の政策スタッフと議会指導部が成し遂げたものだ。トランプ氏のほとんどの失敗は、その性格が原因だ。これは今後も変わりそうにない。
(12月22日付)






