解放された女性たちのため、戦後70年談話を実践する時
過激派「イスラム国」(IS)は、イラクのモスル、シリアのラッカなど「首都」や拠点を失い、領土的には壊滅的状態になった。もちろん単純には喜べない。テロネットは世界に拡散し、アフリカ、東南アジア、欧米で拠点作りが企てられている、という。
一方、ISが退却した現地でも、完全破壊された地域と住民生活の復活という、重大課題が残されている。特に厳しいのは、ISに拉致され、性奴隷にされた女性たちだろう。
主にISから邪教の代表視された民族宗教、ヤジディ教の女性だ。14年8月、モスル市北側の同教徒の村々が襲われ、男は殺され、6500人の女性と子どもが拉致され、女性、少女は性奴隷としてIS兵士に売買された。モスル解放直後の今年8月の時点でも、3400人が未帰還である。
未帰還者はもちろんだが、やっと解放された女性たちも苦難が続く。
欧米メディアが最近、そんな女性たちとの会見記を載せた。ニューヨーク・タイムズ紙記者が会った16歳の少女は、精神的打撃と栄養不良でこんこんと眠り続け、起き上がれない。解放女性の90%が、ある期間こんな具合で、その後も恐怖でおびえ続ける。26歳の女性は、ニューヨーカー誌記者に「心の中が壊れ、もう回復できない」と言った。
ISのアフリカの弟分、ナイジェリア北部の「ボコハラム」集団も、5年前から女性、特に少女の拉致、強制結婚を重ね、被害者は2000人以上とされる。
同集団も一昨年来、政府軍の攻勢で多くの拠点を失ったが、近隣諸国領内に拡散し、テロや襲撃を続けている。だが、支配地縮小とともに、ここでも救出される女性が増えている。
拉致作戦の大先輩は、ウガンダ北部を本拠とし、世界一残忍なゲリラの異名をとった「神の抵抗軍」だ。こちらはキリスト教過激派だが、20年にわたり少年少女3万人を拉致し、子供兵士や戦場妻に使用してきた。うち少女は8000人。そのゲリラ軍も5年余り前から弱体化し、多くの被害者が解放された。
だが、どこでも、解放=幸福にならない。心の傷は深い。そして、その帰還が共同体や家族から、歓迎されないことが多いのだ。
昨年、国連児童基金(ユニセフ)などがナイジェリアで行った調査では、村八分的に疎外される女性、少女が特に目立った。ボコハラムは拉致少女を自爆テロ犯にも用いるし、ウガンダの場合も、とにかく残忍ゲリラ軍の中にいたわけだから、警戒され、怖(おそ)れられる。乳幼児を抱えて帰る女性も多い。HIV感染者も少なくない。居場所がなく貧困に苦しむ。
村でも、避難民キャンプでも、彼女たちは特に救援を必要としている。ドイツでは数万人のヤジディの共同体があり、1000人以上の元性奴隷女性を引き受け、治療している。日本も、ユニセフの被害女性調査の費用などは負担したが、もっともっとするべきではないか。
戦後70年談話で、安倍首相は宣言した。
「20世紀の戦時下、多くの女性の尊厳や名誉が深く傷つけられたことを、胸に刻み続ける。わが国はそうした女性たちの心に、常に寄り添いたい。女性の人権が傷つけられない21世紀とするため、世界をリードして行く」
今でしょ!それを実行するのは。この女性たちのため、医療協力、教育や職業訓練や開発援助、現地のNGO支援、難民受け入れなどをできる限りやりたい。「慰安婦少女像」と違い、「21世紀の性奴隷の像」はどこにも建たないだろうが、日本の支援で笑顔を取り戻した女性の像を、皆の心の中に建てたいと思うのだ。
(元嘉悦大学教授)






