止まらぬ大統領のツイート
世界に衝撃と混乱を招く
10年以上前に「ブッシュ錯乱症候群」を命名したことを考えれば、今回の問題にも加わる資格はあると思う。トランプ錯乱症候群を際立たせているのは、この問題に関して広範囲に見られるヒステリーだけでなく、通常見られる政策の違いと精神的な病理との間の区別がなされていないことだ。
トランプ大統領の気候変動をめぐる決定を見てみよう。パリ協定からの離脱には非常に強い反発が起きた。米国人を裏切る戦争行為、米国は自由世界のリーダーを辞めたなどだ。これは驚くべきことだが、トランプ氏のこととなるとそれほど異常なことではない。
離脱を批判する人々は認めていないようだが、パリ協定自体が大変な失敗作だ。各国の足並みはそろっていないし、実施規定もない。世界中の国々が署名したのは確かだが、任意の実体のない約束だ。中国は「2030年ごろ二酸化炭素排出量をピークにする」と約束した。今後13年間増やし続けるということだ。
西側は産業化で2世紀も早くスタートしたのだから、インドや中国のような開発途上国の言い分を認めることは理にかなっていると思う。
西側が蒸気機関を発明したことを謝罪する必要も、補償する必要もないと思う。確かに私は長年、実質的な、強力で実行可能な気候変動協定を支持してきた。だがそれは、中国、インド、米国、欧州連合(EU)などが進んで参加したくなるような比較的均一な要求を課す協定だ。
その点、パリ協定はでたらめだ。離脱は、政策決定としてはもっとものように見える。協定に残る一方で、約束した二酸化炭素削減量を減らすこともあり得た。過去数週間のトランプ氏の行動が衝撃と混乱を招いたこともあり、離脱したトランプ政権への非難はいっそう強まった。
◇ロンドン市長を非難
言うまでもなくツイートのことだ。トランプ氏は、ツイートが自身が大衆に直接「フィルターを介さず」つながるパイプだと思っている。だが、全く理解していないことがある。トランプ氏にとっても、他の人々にとっても、ツイートは、フィルターを介さないイド(無意識の本能的衝動、欲求などの源泉)から直接つながるパイプという点だ。内的な動揺と、その動揺が外的に現れることの間には通常、境界があり、入り混じることはないが、ツイートによってこれが取り払われた。
ほとんどの人々にとっては、どうでもいいことだ。合衆国大統領にとっては、重大なことだ。大統領のイドが叫べば、世界は耳を傾ける。
トランプ氏は、最近起きたばかりのテロ事件の後、ロンドン市長をばかにしたようなツイートをした。ひどいことだ。思いやりと連帯を表明し、そこでとどめるべきだっだ。トランプ氏はそれができない。今後もそうだろう。トランプ氏は虐殺事件を機に、他国の一公務員との確執を再燃させた。とてつもなく狭量な態度だ。
ロンドンでのテロを利用して、忘れられていた入国禁止措置の必要性を訴えたかと思うと、トランプ氏自身が承認したことを無視して、もともとの大統領令を「薄めた」と自国の司法省を非難し、最高裁への上訴では、入国禁止措置を正当化するためにテロを利用した。
米政府はすでに「厳しい入国審査」を行っているとツイッターで自慢した時もそうだ。これによって入国禁止の合理性は完全に失われた。新たな入国審査手順が作成された一方で、入国には90日の猶予期間が必要とした。厳しい入国審査がすでに実施されているのなら、入国禁止は無意味だ。入国禁止措置の根拠は失われた。
◇拡大する錯乱症候群
これがうまくいかないとみると今度は、サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプトなどのスンニ派諸国が、長年、ムスリム同胞団やハマスなどテロリストを支援し、武器を提供し、イランとは裏取引をしてきたとしてカタールへの制裁を突然、開始したのは、自身がサウジに働き掛けたためだと自賛した。
米国のスンニ派同盟国がカタールと対立し、足並みをそろえようとするのはいい。だが、なぜ自賛し、自身のイドを増大させるのか。正当な理由もなく、米国をこの危機に引きずり込めば、カタールへの制裁が、アラブによる自発的な取り組みでなく米国が始めたものであり、内部にいる二重スパイから地域を守るためではなく、米国の同盟国を自国の画策のための道具に使おうとしているとみられ、アラブ各国の計画自体を傷つけることになる。
ツイートは4日間続いた。どれも、虚栄心の強い、自傷行為だ。どこまで行けば終わるのか。
経済学者ハーブ・スタイン氏はかつて「持続不可能なものは持続しない」と言った。本当に、持続できないものは止められるのか。何がトランプ氏を止めるかを予測することは難しい。ロシアをめぐる疑惑への調査でも決定的な証拠はない。
トランプ氏は選ばれたのだから、パリ協定からの離脱のようにポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)に反することはできる。だが、ツイッターなど常軌を逸したことをするために選ばれたのではない。トランプ氏がこの両者を区別できなければ、トランプ錯乱症候群は拡大しても、消えることはない。
(チャールズ・クラウトハマー、6月9日)