中東で失われる米国の覇権

Charles Krauthammer米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

イランは勢力を拡大
抑止力を信じないオバマ氏

 オバマ大統領が執務室を去るまでわずか数週間を控えて、シリアのアレッポが陥落した。後退と撤退のオバマ氏の中東政策だからこその結末だ。破壊された都市の哀れな姿こそ、まさにこの中東政策の結果だ。年末の記者会見でオバマ氏は、いつもと同じごまかしで自身の無為無策を正当化した。どちらかに肩入れするか、イラク・スタイルの大規模な地上軍派遣かどちらかしかなかったと訴えた。

 これは、議論になるのを避けるための見え透いた作り話だ。5年前は大衆蜂起側が優位だった。勢力が均衡していたのは、政権側が空を支配していたからだ。ある時点で、米国がしようと思えば、わずかのリスクと犠牲で、シリアに飛行禁止空域を設置することはできた。1991年の湾岸戦争後に12年間、イラクのクルド人地区で行った。

 米国は、政府軍の航空機、ヘリコプターを地上で破壊することも、飛行場を穴だらけにして使えなくすることも簡単にできた。そうしていれば、内戦のその後の戦略的力関係は変わっていただろう。

 ロシアが空軍を投入することも阻止でき、ロシアは制空権をめぐって欧米各国と対峙(たいじ)しなければならなくなっていただろう。だがロシアは米国の妨害に遭うことなく、介入し、勢力バランスを大きく変え、アレッポの反政府勢力を完全に叩(たた)きつぶした。ロシアは、病院など民間の標的を攻撃するのがとりわけ得意だ。反政府勢力は、殲滅(せんめつ)されるか、降伏かの選択を迫られた。

 そして、降伏を選んだ。

 オバマ氏は、紛争での大国の役割は、必ずしも現場に関与することではなく、対立する大国が介入し、戦争の流れを変えることを阻止するところにあることを理解していなかった。1973年のヨムキプール戦争中に、ソ連政府が軍を送ってエジプトを支援すると威嚇した時、ニクソン大統領は米国のデフコン(防衛準備態勢)を「3」に引き上げてこれに対抗した。ソ連は思いとどまった。

 それほど劇的ではないが、米国の報復の脅しのおかげで、西独、韓国、台湾は1世紀にわたる冷戦の半分の期間、自由と独立を享受した。

 これを抑止力と呼ぶ。しかし、オバマ氏は抑止力というものを信用していない。その結果、世界一の大国は力を失い、できるのは国連で非難演説を行うくらいだ。パワー米国連大使はアレッポでの虐殺を「恥じるということを知らないのか」と激しく非難した。その答えは分かっている。実際に恥ずべきなのは米国の方だ。ばか正直過ぎる。国務長官はロシア人を追い掛けて、見せ掛けだけの停戦交渉で恥をかき続けてきた。

 交渉による解決が望み薄なのは変わりない。交渉は、苛(いら)立ちに満ち、感情的で、表面的に取り繕った言葉ばかりが飛び交った。だが戦略的に失ったものはさらに大きい。

 アサド大統領はもともと米国の友人ではなかった。だが今は、中立ですらない。アサド氏は権力を取り戻したものの、イランとロシアのかいらいになった。シリアは、現状を変えようとする両国政府がこの地域で支配を広げるための拠点であり、前進基地となった。

 イランはシリアを使って、中東のアラブ諸国を支配するための活動を活発化させる。ロシアは、シリア国内の海軍基地と空軍基地を使って、スンニ派のアラブ諸国を動揺させ、米国の影響力を封じ込めようとする。

 これはすでに始まっている。ロシア、イラン、トルコの外務相と国防相は今週、モスクワに集まって、シリアの今後について話し合った。そこにいない国があった。米国だ。かつて中東で支配的な力を保持してきた米国が排除されたのは、40年間で初めてのことだ。

 アレッポは失われ、反政府勢力は散り散りばらばらになった。この8年間で失われた影響力を取り戻すには、長い時間がかかる。トランプ次期大統領は、安全地帯を設置すると言っている。だが、慎重に進めた方がいい。5年前にすべきだったことを今しようとしても成功しない。条件ははるかに厳しい。ロシアとイランが支配しているからだ。安全地帯の安全を守るには、大変な資金が必要で、危険も伴う。大規模な地上軍の派遣が必要になり、ロシアとの軍事的対立の危険もある。

 それに、なぜそのようなことをする必要があるのか。良心がとがめるからというのでは、十分な理由にならない。ソマリアやリビアなどのような、純粋に人道的理由での介入は、失敗に終わりやすい。「守る責任」を訴える米国人もいるかもしれないが、米国の利益はそこにはないのだから、関与を続けることは不可能だ。一度負けたのだから、諦めるべきだ。

 アレッポでは被害が出て、町は破壊された。住民は民族浄化の標的とされた。すでに終わったのだから、米国に選択肢はない。アレッポで失った名誉を取り戻したいなら、別の戦場に行くしかない。

(12月23日付)