米国の後退でロシアが台頭

Charles Krauthammer米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

一国平和主義は幻想

冷戦後秩序に対抗する中国

 25年前の1991年12月、共産主義は死んだ。冷戦は終結し、ソ連は消えた。現代史の中で最大の帝国崩壊であり、銃弾は一発も発射されなかった。聖書的規模の出来事であり、私と同世代の人々は、生きている間に見ることはないだろうと思っていた。詩人ワーズワースはフランス革命についてこううたっている。

 「生きて夜明けを迎えることは至福の喜び。だが、若きことはそれに勝る喜び」

 夜明けとは、自由民主主義思想の最終的な勝利のことだ。それは、最終的に残った世界を、超大国米国が主導する西側が支配する時代を約束するものだった。

 10年間はそうだった。民主世界は、まず東欧、旧ソ連の植民地へと拡大していった。米国の支配は揺らぐことなく、そのため1999年12月31日に世界的に非常に重要な戦略地政学上の財産、パナマ運河を放棄した時、誰も気付かなかった。

 あの時代は終わった。独裁政治が復活し、台頭した。民主主義は守勢に立たされた。米国は後退した。アレッポを見るだけで分かる。独裁者は、復活したロシア、勢力を増すイラン、イランの影響下のシーア派民兵の支援を受け、欧米の支援を受ける反政府勢力は、壊滅の危機にある。ロシアは爆弾を投下し、米国は声明を出す。

 自由民主主義が遂げたあのわくわくするような歴史的勝利の終わりを、見事に象徴している。西側は内向きになり、家にこもり、広場は台頭する全体主義国、ロシア、中国、イランの手に渡る。フランスで新たに指名された保守派の大統領候補も同様に、保守的で、ポピュリストで、プーチン氏に優しい。新興の東欧民主主義国、ハンガリー、ブルガリア、さらにポーランドさえもが全体主義的な傾向を示している。

 欧州は、ウクライナを蹂躙(じゅうりん)したロシアに科した制裁にうんざりしており、オバマ大統領がずっと触れ回ってきたロシアの「孤立」は、残念ながら解消された。米国務長官は、シリア問題でロシアの機嫌を取るために、ロシアに媚(こ)び続けている。

 地球上で最大の民主主義クラブ、欧州連合(EU)は、ブレグジット(英EU離脱)のような運動が大陸中に拡大すれば、すぐに自壊する。その一方でEUは、異例の速さで、独裁的で好戦的なイランとの経済関係を再開させようとしている。

 冷戦後の世界秩序に対抗するもう一つの大国、中国に関しては、米政府の「ピボット(基軸移動)」は惨めに失敗した。フィリピンは堂々と中国に乗り換えた。マレーシアがこれに続いた。その他のアジアの同盟国は、リスク回避へと動き始めている。中国の国家主席はペルーで先月、環太平洋地域の各国代表を前に、環太平洋連携協定(TPP)の一部に参加する用意があると語った。TPPについては現在、米国の両党が放棄を主張している。

 西側の後退はオバマ政権で始まった。イラクを捨て、ロシアに「リセット」という融和策を提示し、イランに寛大な態度を取ることで、9・11後の手を広げ過ぎといわれた政策に対抗した。イランでの聖職者支配への大衆の抗議行動に対し、支援する言葉すら発しなかった。

 ドナルド・トランプ氏は、理由は全く違うが、この後退を続けようとしている。オバマ氏が後退を命じたのは、米国は世界を守れるほど大した存在ではなく、多くの欠陥を抱え、世界の覇権国となれるほど道徳的でないと常に感じていたからだ。トランプ氏も同じように、同盟国を見下し、摩擦を避けようとするだろうが、その理由は、世界は、米国が守らなければならないほどの存在ではなく、米政府の保護を受け、米国の犠牲の下で安全に暮らしている外国人は、それに値する価値はなく、感謝することもなく、米国に依存していると考えているからだ。

 トランプ氏のような考え方は過去にもあった。1990年に冷戦が終わろうとしていた時、定型的なネオコンのジーン・カークパトリック氏は、米国は「平時の普通の国」になるべき時が来たと主張した。世界秩序を守り、普遍的価値観のために大変な苦難を強いられるという20世紀の重荷から解放される時が来たと訴えた。ファシズム、共産主義と2世代にわたって戦ってきたのだから、もう十分だということだ。余生を楽に過ごしてはいけないのかということだ。

 私は当時、余生を楽しめるだけのことはすでにしたと主張した。しかし、残酷な歴史はそれを許さない。こののどかな世界観は、米国なしでも安定は自然に守られるという空想の世界が大前提にある。だが、現実は違う。待っているのは、休息ではなく、カオスだ。

 四半世紀後、同じような誘惑に直面している。しかし、今回はそれ以上に困難な課題が待ち構えている。世界的な聖戦主義が戦線に加わり、1990年代の歴史からの休日に、従来通りの敵対勢力に対して持っていた優位を維持することはできない。

 米国は休息を望むかもしれないが、実現することはない。

(12月2日)