現実を見ないオバマ大統領

Charles Krauthammer米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

核合意でイランが復活

中東で勢力拡大するロシア

 ロシアの爆撃機が先週、イランの空軍基地を飛び立ち、シリアの反政府組織の拠点を攻撃した。国務省は驚いていないふりをした。それはそれでいいが、警戒はすべきだ。イランの民族主義的革命政権はこれまで、外国軍がイラン領内から作戦行動をするのを認めなかった。

 現在、中東の再編が急速に進んでいる。40年間、米エジプト同盟がつなぎ留めてきたこの地域を、今やロシア・イラン共同統治が支配しようとしている。これが、米国が8年間にわたって影響力を縮小し、後退した結果だ。イランとの核合意、イラク撤収、シリアで米国が何もしなかったことの結果だ。

 ・イラン

 核合意で、米国とイランとの和解が始まるとみられていた。ところが、ロシアとイランの戦略的軍事関係を強める結果となった。制裁が解除され、イランの国際社会との関係が正常化するとすぐにロシアは、地対空ミサイルS300を供与するなど、大規模な取引をイランに持ち掛けた。ロシアがイランの基地を使用していることは、両国の協力関係、戦力展開能力が1段階高まったことを意味する。

 ・イラク

 イラクの空域の至る所で爆撃が行われている。オバマ大統領の決定によって米軍がイラクから撤収する前は、そのようなことはなかった。撤収後の力の空白によって、ロシア軍が爆撃を行う空間が生まれ、多大な犠牲を払って手に入れたフセイン後のイラクは徐々にイランの影響下に移行している。バグダッドの米軍報道官によると、イラク内に10万人のシーア派民兵がいて、そのうちの80%はイランの支援を受けている。

 ・シリア

 ロシアは昨年、介入を一気に強めて、空軍基地を築き、残虐な空爆を開始したが、オバマ氏は何もしなかった。それどころか、プーチン大統領は泥沼にはまったと自慢げに予告した。一部は当たっている。アサド政権は救われ、アレッポを包囲し、内戦を優位に進めている。その一方でわが国の哀れな国務長官は、平和を唱え、情報の共有を申し出、プーチン氏が穏やかに支配を進めることを約束しさえすれば、ロシアの介入を認めると伝えるために走り回っている。

 プーチン氏が何を手に入れたかを考えてみたい。帝国を奪われ、残りかすのロシアの経済は振るわず、軍はさび付いていたが、その弱いロシアを大国へと返り咲かせた。1990年代には顧みられなかったロシアが今では手ごわい強国となった。

 欧州では、地図を一方的に書き換えた。クリミアの併合が覆されることはない。欧州各国は、ロシアに嫌々科していた制裁を解除したがっている。ウクライナ東部の蹂躙(じゅうりん)は続いている。

 1万人が既に死亡し、プーチン氏は今、公然と攻撃すると脅している。クリミアでのウクライナのテロというばかばかしい口実をもとに、報復をちらつかせ、ウクライナ国境沿いの8カ所に軍を集結させ、黒海での海軍演習を命じ、クリミアに先進型の対空ミサイルを配備した。これによってウクライナの広大な空域を支配することが可能になる。

 当然の結果だ。プーチン氏は鍵の掛かっていない扉を開けようとしているだけだ。オバマ氏はそれでも、ウクライナに防衛用の兵器の供与を拒否している。ロシアからの挑発に対する米政府の対応は、「両者」に自制を促すことだった。両者だ。

 ロシアは、新たな勢力の拡大を誇示するかのように、南シナ海で中国との合同海軍軍事演習を行う。中国の領有権の主張と違法な軍事基地建設を後押しするためであることは明らかだ。

 しかし、オバマ氏はほとんど興味を示していない。頭が良過ぎて地政学というものが理解できない。気に掛けてすらいない。国内問題を優先していることも原因の一つだ。米国にもやましいところがあり、そのため道徳的な立場から国際的な調停者の役割を果たそうとしているというのも一因だ。

 オバマ氏が、長期的には重要なことではないと考えていることも一因だ。大国間の関係が変動するのは、一時的なことであり大したことではないと考えている。世界は必然的に正義へと向かうと考えているオバマ氏にとって、実際のリアルポリティークの駆け引きなどは、20世紀の思考法であり、原始的で、陳腐で、狭量に見える。

 オバマ氏はこれらすべてを、就任1年目の国連、カイロ、米国内での演説で明らかにした。2期を経てその結果が見えてきた。ウクライナは分割された。東欧は崖っぷちに立たされている。シリアは遺体安置所のようだ。イランはイラクを取り込んだ。ロシアとイランは、中東の北側全体で勢力拡大へ突き進んでいる。

 この無秩序の中心にあるのは、全く釣り合いの取れない非対称な世界観だ。現状を変更したい主要国、中国、ロシア、イランは、目標がはっきりしている。力、領土、服従だ。そのために活動している。オバマ氏の世界観は、聖書「伝道の書」のすべては空虚であるという考え方だ。

 確かに天国ではそうかもしれない。だが、ここは地上だ。アレッポからドネツク、エストニア、南沙諸島まで、どこも重要だ。

(8月19日)