疑われるトランプ氏の適格性

Charles Krauthammer米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

金星章遺族に侮辱発言

思いやりを欠く行為に疑念

 あらゆる政界のルールに逆らい、党の指名を勝ち取ったドナルド・トランプ氏は先週、恐らく政界のあらゆるルールの中でも最も神聖なルール「金星章の家族を侮辱してはならない」を破った。

 なぜトランプ氏はこのような発言をしたのか。ミスではない。すでにあったものが表に出たということだ。自分ではどうにもできない。非難されたり、卑下されたりした場合、ただ無視されただけの場合でも、やり返すというのが、トランプ氏の人生の支配的ルールだからだ。トランプ氏を理解するには、この「一般論」を理解する必要がある。つまり、すべての行為、発言、人に対してただ一つの基準、自身にとって「いい」ものであるかどうかで判断するということだ。

 ロシアのプーチン大統領はトランプ氏をたたえ(本当はしていないが、別の問題だ)、男同士の愛情が芽生えた。「メキシコ人」判事がトランプ氏に不利な判決を下し、トランプ氏を人種的偏見に支配された悪い人間と判断した。

 ポール・ライアン下院議長は、金星章受章者の母親をトランプ氏が侮辱したことを非難した。するとトランプ氏は、ライアン氏をあざ笑い、その最大のライバルをたたえた。どういう理由からか。経験豊かな議員だからか。有能な指導者だからか。

 全く違う。「私の言葉の大ファンだからだ」とトランプ氏は説明した。

 互いが互いのファンなのだ。「不当な」扱いをすれば、下院議長だろうと、金星章受章者の母親だろうと報いを受けるということだ。

 もちろん、自分の名誉を守り、尊敬されたいのは皆同じだ。しかし、トランプ氏の過剰な反応、露骨で手加減しない条件反射のような反応は、あえて言えば、異常なほどに凶暴で、予測困難だ。

 ナルシズムだけでは説明できない。私は、トランプ氏は11歳の未熟なガキ大将だと思っていた。だが、10歳外れていた。トランプ氏は、認められ、褒められたいという未発達で、幼稚な欲求を持っているが、これは決して満たされることはない。唯我論の繭の中に生きている。そこでは、自身の外の世界が価値を持ち、実際に存在し得るのは、自身を支え、励ます場合だけだ。

 政治家は支持を求めるものだ。しかし、トランプ氏が求めているのは崇拝だ。それを隠そうとすらしない。数多くの支持者が集まり、スタンディングオベーションが起き、テレビの視聴率も世論調査の支持率も高く、予備選での勝利の数々が自慢でしょうがない。重要なのは後半の部分だ。いかに愛され、尊敬されているかを実際の数字がよく示しているからだ。

 米国政治では、成功かそうでないかは外部からの承認を必要としないのだからなおさらだ。立候補は最初、冗談と捉えられ、外国人嫌いの自身を美化するためとみられたが、一部有権者の賛同を得て、スタートした。立候補を冗談と捉えた人々は、候補者が真剣でないのだから、真剣に受け止められるはずがないと思っていた。だがそれは、私も含め、間違っていた。

 視聴率、世論調査、予備選での勝利がトランプ氏の適格性を証明した。評判のいい有力共和党員らが支持を表明したこともそれを後押しした。ルビコン川を最初に渡ったのは、クリス・クリスティー氏だった。次いでベン・カーソン氏が支持を表明、ニュート・ギングリッチ氏がこれに加わり、知識人として陣営の重みを増した。

 それほど積極的ではないが、ライアン氏、マコネル上院院内総務の支持表明もトランプ氏を正当な候補とすることにひと役買った。

 だが、これは金星章をめぐる失言で失われる可能性が出てきた。ワシントンでの失言で、政治家がうっかりと本性をあらわにしてしまうことがある。この発言で、トランプ氏と、共和党の指導者、その他の党員らとの間の継ぎはぎだらけの関係に強い緊張が走った。

 異常を正常に戻すトランプ氏の最大の成功は雲散霧消しつつある。ピュリツァー賞を受賞したリベラル派コラムニスト、ユージーン・ロビンソン氏、保守派の有力外交アナリストで、レーガン政権でジョージ・シュルツ氏のスピーチライターを務めたロバート・ケーガン氏は一斉に、トランプ氏の精神的安定性、健全性に疑問を呈した。何かが起きようとしている。

 この選挙を何が動かしているかははっきりしている。1980年のように、失敗した政権を支持する体制側の候補者が、アウトサイダーと戦うという構図だ。現状維持を求める候補は手元にあるカードを切ればいい。アウトサイダーは主流から外れ危険であり、気質的に国家を率いるには不適格と批判すればいい。

 1980年、レーガン氏は、受け入れられるために一つの基準だけをクリアすればよかった。レーガン氏はクリアし、選挙に勝った。ジミー・カーター氏との討論で、温和で、自信に満ち、何よりも危険ではないということを証明した。

 トランプ氏もこの基準を必ずクリアしなければならない。気質がそのままなら、クリアできない。

(8月5日)