クリントン氏の陳腐な公約
現政権の政策を継承へ
リベラリズムの本質を具現
「アメリカは未来に向かって常に進み続けると信じる」-ヒラリー・クリントン、6月21日
【ワシントン】これは、オハイオ州でのクリントン氏の経済政策に関する演説の最重要部分ではないが、最も驚くべき部分だ。政治的レトリックとしては、これほど空虚で無意味なものはない。線虫からアメリ合衆国まで地球に存在するすべては、ありがたいことに自力で未来に向かって進んでいる。それ以外に行くところはない。
だが、公平を期すために言っておくと、激しく「変化」するこの年に事実上の現職のような立場で出馬するのは、非常に難しいことであり、空虚な言葉が自然に出てくるのも無理はない。クリントン氏はこの状況の中で身動きができなくなっている。オバマ大統領の後継者であり、現状の継続を目指す。2期大統領を務め、国内外で大変な失敗をしたため、米国人はさらに4年間、このような事態が続くことを求めていない。そのような中での出馬となった。
歴史的に見ても、これは確かだ。過去60年間、一つの例外を除いて、2期にわたって同じ政党がホワイトハウスを支配するといつも、政権は他党に引き渡されてきた。一つの例外は、1988年に、ブッシュ元大統領がレーガン政権後の3期目を引き継いだ時だ。
クリントン氏にできることはあまりない。最近の演説では、ドナルド・トランプ氏を攻撃するたびに、クリーンエネルギー、小企業、学校建設、送電網、その他のインフラへのごく普通の「投資」を挙げた。
未来に向かって進み続けると言うのと同じくらい退屈で陳腐な言葉だ。インフラの整備に反対した候補者がいただろうか。トランプ氏ですら、道路と橋を再建すると言い、例の素晴らしい壁を建てると言い放った。
これまでと何ら変わらない。これらのすぐにでも取り掛かれるインフラ計画すべてをオバマ氏の8300億㌦の景気刺激策で賄うことができなかった。これらの資金はどこに行ったのか。しかし、全政党の全候補者は、インフラが依然、崩壊に向かっているという点で一致している。
現状を維持しても評価されることはない。そんなことをしていては、クリントン氏は民主党指名を失いかねない。バーニー・サンダース氏は選挙キャンペーンで、上がらない賃金、所得格差、苦しむ中産階級などオバマ政権の失敗を激しく非難した。クリントン氏も同じことをせざるを得なかった。その一方で、このような悲惨な事態を招いた大統領とその政策を擁護した。
容易なことではない。候補者としての適格性すら損なわれることになる。根本的な変革は何も約束していない。低成長、低い生産性、景気の停滞から脱する新たな策も示していない。それどころか、政府は修正し、足らないところを補おうとしていると主張している。補助金やちっぽけな計画などではとてもふさげないような穴をあえてふさごうとしている。それがヒラリーイズムだ。
ヒラリーイズムは、近代リベラリズムの本質を具現している。硬直化が進み、官僚的で、機能不全を強める福祉国家の限界に達した現代リベラリズムの使命は、現状をさらに推し進め、補助金を増やすことで、ほころんだセーフティーネットを繕うことだ。
ポール・ライアン氏ら改革派が提示しているような構造改革をリベラリズムは反射的に拒否する。左右どちらからも距離を置いたビル・クリントン元大統領は構造改革を受け入れた。その中でもよく知られているのは1996年の福祉改革だ。ヒラリーイズムではこうはならない。
ヒラリー・クリントン氏はセーフティーネットの穴を修理すると訴えている。恐らくこれも重要なことなのだろう。しかし、サンダース氏が当初発表し、今トランプ氏が出している奇術のような公約と比較すると、かなり陳腐だ。ここからクリントン氏の選挙戦略が出てくる。陳腐な発想、選挙区ごとに掲げたプラン、消極的な態度だ。演説では、ビジョンをアピールし、その一方でトランプ氏を過激、急進的、危険と徹底的に攻撃する。
クリントン氏の議論の方向性ははっきりしている。私にも悪いところはあるが、すでに皆によく知られているという意味では安全だ。経験があるからこそあらも見え、完全に陳腐でつまらないからこそ信頼できる。着実に進めていける。一方のあの男は、どうしようもないほど危険だ。貿易、移民、安全保障に関するその政策は、貿易戦争を引き起こし、社会不安を招き、友好国、同盟国からの孤立を招く危険がある。
これまでのところクリントン氏の選挙キャンペーンで唯一抜けているのは核政策だ。リンドン・ジョンソンは、バリー・ゴールドウォーターは世界を吹き飛ばすと非難した。そして、テレビ広告「デイジー」では核爆発までのカウントダウンを映像にし、ゴールドウォーターを揶揄(やゆ)した。
クリントン陣営の奥深くでは、頭のいい若いスタッフがその現代版に取り組んでいる。いつかテレビで見られるかもしれない。
(6月24日)