大きなステップ、オバマ大統領が広島を訪れる時

山田寛

 今月末の伊勢志摩サミットを機に、オバマ米大統領の広島訪問が実現する。2009年の就任直後の演説で、「核兵器を使用した唯一の核保有国」として、「核のない世界平和・安全」追求の先頭に立つと宣言し、ノーベル平和賞も受賞したオバマ氏。その後、実行面では大した成果を挙げられなかったが、最近もそれに向けての「米国の道徳的義務」に言及している。広島を訪れることにより、その姿勢は貫徹される。

 私は、1985年9月のパリで見た一場面を思い出す。

 日本の被爆者代表が、広島に原爆を投下した「エノラ・ゲイ」号搭乗員と初めて握手を交わした場面である。被爆者代表は、肥田舜太郎(当時・被団協中央相談所長)と谷口稜曄(すみてる)(当時・長崎原爆被災者協議会副会長)の両氏。元搭乗員は、トマス・フェレビー氏ら2人だった。

 仏国営テレビが、原爆投下40年記念特別討論番組を企画し、肥田さんらが招かれた。テレビ局は最初、「エノラ・ゲイ」元機長を招いたが、「被爆者代表との同席など嫌だ」と断られた。そこで、元爆撃手のフェレビー氏らに「日本人と同席」とだけ告げ、参加OKをとった。

 番組で、司会者から「あなた方にこんなひどいことをした人々に対し、どう思っているか」と尋ねられ、谷口氏は「搭乗員に恨みはない。だが、計画を進めた人たちには反省してほしい」と答えた。元搭乗員側は「原爆投下が恐ろしい戦争を終わらせた」との主張を繰り返した。

 握手が交わされたのは、番組終了後のスタジオ内でだった。肥田氏らは「核兵器をなくすため手をつなごう」と、元搭乗員の手を握った。相手側は「戦争全体をなくそう」と答えて、握り返した。40年たって、ようやくぎこちなく少し心を寄せ合っての握手だった。

 それからまた30年余り。オバマ大統領が原爆投下について謝罪することはあり得ない。それでも、「道徳的義務感」を持って広島を訪れるなら、反省が内在していよう。

 広島、長崎の原爆死没者名簿に記載された約50万人の霊も、それ以上の謝罪は要求しないだろう。広島の慰霊碑の碑文も、「過ちは繰り返しませぬから」という主語なし文章なのだ。

先にケリー米国務長官が広島原爆資料館を訪れ、「魂がねじれる体験だった」と、深く強い言葉を残した。それに対し、米国メディアの扱いも小さかったが、中韓メディアは「加害者の日本を被害者に変えるな」「オバマ氏は行くべきでない」と猛反発した。

 中国は近年、核戦力も増強中という。中国共産党の「反日歴史戦」の自転車は、こぎ続けなければ倒れてしまう。「反日」は「核廃絶」より優先するのだろう。

 だが、非核・韓国のメディアがそれに唱和したのには、首をかしげてしまった。韓国・朝鮮人原爆犠牲者は、計3万人とも言われる。広島には韓国人犠牲者慰霊碑もある。韓国メディアの「オバマ行くな」大合唱を、その霊たちはどんな思いで聴いているだろうか。

 オバマ大統領の広島入りを歓迎したい。谷口さんが、反省してほしいと要望した「計画を進めた人たち」は、もうほぼ全員この世にいない。だが、その最高責任者の後任者が、広島で反省を込めた哀悼の意を表するなら、その要望は相当程度かなえられる。三段跳びで言えば、30年前の小さなホップ後の巨大なステップだ。最終的なジャンプは、中国、ロシア、北朝鮮などの首脳も、広島・長崎を訪問する日だろうが、そんな日が来るか。それは全く分からない。

(元嘉悦大学教授)