保守主義を捨てた共和党

Charles Krauthammer米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

トランプ氏指名確実に

政策は民主党よりも左寄り

 【ワシントン】ドナルド・トランプ氏の指名獲得の背景には何があるのか。保守派の間では、アウトサイダーのトランプ氏は、一般の共和党支持者らの「エスタブリッシュメント」に対する反乱を感じ取り、これを先導し、象徴するようになったと言われている。

 詳しく言うとこうだ。共和党指導者らは、ありとあらゆることを約束し、その代わりとして、オバマ政権中に、主要な選挙で勝利した。下院、上院を獲得、12知事ポストを新たに得るとともに、30州の下院でも勝利した。だが、共和党は約束を果たさなかった。出口調査では決まって、共和党予備選で投票した人々の多く、州によっては60%が、党の指導者らに「裏切られた」と感じているという結果が出ていた。

 失望したとかがっかりしたとかだけではなく、裏切られたと感じているのだ。献金やロビイストに毒された「名ばかりの共和党員(RINO)」の仕業だ。オバマケアを撤廃する約束も、家族計画連盟への資金を断つ約束も果たしていない。オバマ大統領の増税路線、ハイパーリベラリズムも止めなかった。無能なのか、カネで買われたのか、どうであれオバマ氏は共和党のことなど視野にない。

 だが、それがパラドックスを生んだ。オバマ氏のリベラリズムと十分に戦わないことが、裏切られたという感情につながったのなら、共和党員はなぜ、17人いた候補の中で最も保守的でない候補を選んだのか。選ばれたのは、つい最近までリベラルだった人物だ。共和党エスタブリッシュメントを敗北へと追いやったとされるチャック・シューマー、ハリー・リード、ヒラリー・クリントン氏ら民主党員に献金していた人物だ。

 トランプ氏は単一支払者医療制度への支持を表明した。オバマケアよりもはるかに左寄りの制度だ。トランプ氏は医療保険を、連邦政府が責任を持つべき三つの柱の一つであり、安全保障に次ぐ重要な柱と考えている。共和党は、医療保険に連邦政府が介入することに強く反対している。3本柱には教育も入っている。共和党は、教育は州政府に任せるべきだと考えている。

 家族計画連盟に関しては、資金供給を絶たなかったと共和党エスタブリッシュメントを非難した保守派が今度は、家族計画連盟の功績をたたえる候補者を支持している。中絶に関しては別だが。

 それ以上に根本的な問題がある。トランプ氏は、現代保守派の主要目的である小さな政府への復活を全く支持していない。エスタブリッシュメントが、オバマ氏の大きな政府政策にしっかり対抗していれば、その恩恵は間違いなく、大きな政府に一貫して誰よりも強く反対してきた保守派、つまりテッド・クルーズ氏に行っていたはずだ。

 クルーズ氏は全キャリアを通じて、「ワシントン・カルテル」に加わった党指導者らに対抗して、ティーパーティーの立憲主義を推進してきた。しかし、クルーズ氏がインディアナ州のOK牧場で、トランプ氏と一対一で対決した時、共和党員らは、トランプ氏を選んだ。トランプ氏の非保守的で特異なポピュリズムを選んだ。

 思想的な大変革だ。計り知れないほどの大きな方向転換だ。トランプ氏は先週「私は保守派だが、今はそんなことはどうでもいい」と言ってのけた。

 「どうでもいい」と言った。トークラジオでしきりに保守主義を信奉すると言っていた、いわゆるエスタブリッシュメントに対する草の根の反乱、ティーパーティーはどこに行ったのか。保守派は、クルーズ氏が保守主義の原則を貫き政府閉鎖を主導した時、クルーズ氏に喝采を送った。にもかかわらず、選挙戦がクルーズ氏対トランプ氏になると、保守派の世論を形成し、クルーズ氏を強く支持してきたこれらの人々が、それと分かった上でトランプ氏を支持し中道へと傾斜した。

 トランプ氏が勝った。カリスマ性で劣るクルーズ氏は、ショーを盛り上げることに長けていることで知られていたセレブに負けた。

 トランプ氏は、経済的不安を抱き苦しむ中産階級と、かつては支配的であったにもかかわらずその地位を奪われるのではないかと懸念を抱く白人労働者階級を引き付けた。しかし、反エスタブリッシュメントの保守派の言い分は違う。都合のいい作り話だ。トランプ氏は、保守派としての原則を捨てた共和党エスタブリッシュメントを指弾するが、党が何の主義も持たない人物を選ぶのは奇妙としか言いようがない。

 トランプ氏は、保守派だとか、何派だとかと主義があるような素振りすら見せない。自身の「柔軟性」を誇り、政治的、思想的一貫性にとらわれないことを自慢する。そして、外交政策を根底から予測不可能にしようとしている。

 完全な思想的方向転換だ。自由世界のリーダーとしての世界的優位性、西側同盟国の守護、戦後秩序の維持などといった主要な課題に関して、この共和党候補者は間違いなく、民主党よりも左に位置している。

 補助金、医療保険、税制についてはどうなのか。すぐに分かる。だが、トランプ氏が私は保守派だと言っても、今の時点では、どうでもいいと言うしかない。

 これでは共和党とは言えない。

(5月6日付)