暴力を扇動するトランプ氏

Charles Krauthammer米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

広がる分断と脅迫

言論の自由を攻撃する左派

 【ワシントン】国際的、歴史的基準から見て、米国で政治的暴力はほとんど見られない。最後に政治をめぐって重大な暴力が起きたのは1968年だ。民主党大会で暴動が起き、流血沙汰となった。この基準で見れば、2016年はまだおとなしい方だ。だが、これからもそうだという保証はない。

 シカゴで先週、ドナルド・トランプ氏の集会が暴力沙汰で中止となったが、これは前兆にすぎない。そのため、その原因や影響を深く考えておくことはいいことだ。

 普通に考えればまず、このドナルド・トランプ氏がつくり出した「毒気のある雰囲気」をこの混乱の原因と考える。だが事実は全く違う。これは、政治的敵対勢力に対する脅迫と分断を得意とする全体主義的左派による意図的な破壊工作だ。

 起源は、20世紀初めのファシズムと共産主義にある。近年では、大学のキャンパスでその生まれ変わりが活躍している。左派は長年、保守派であればどんな人物の演説でも、あざけり、妨害し、すぐに中断させ、追い出してきた。トランプ氏が現れるずっと前のことだ。

 シカゴの集会の中止は、言論の自由と集会の自由への計画的な攻撃だ。集会の中止が発表されると反対勢力から、「トランプを止めた」と歓声が上がったのはそのためだ。まるでビアホールのけんかだ。

 シカゴでのような出来事を起こすには、人、資金、MoveOn.orgのような組織が必要であることを考えれば、今後も同じようなことが起き、文明的な政治にとって深刻な脅威となる可能性がある。だが、これだけではない。2016年大統領選の選挙戦への、全く別の形の抹殺予告も現れている。怒りと暴力をあおる最有力候補だ。暗黙の了解であったり、多少露骨な方法で行われたりする。

 これはシカゴでの出来事とは区別すべきことだ。トランプ氏は被害者であり、責任もない。しかし、ラスベガスでの集会で反対勢力に対して「古い時代が懐かしい。あのようなことをする連中がどのように扱われたかは皆知っていると思う。担架で運ばれていった」と言ったことには責任がある。

 別の集会では、トマトを投げつけようとする活動家を見つけたら、「たたきのめす。…裁判費用は私が負担することを約束する」と息巻いた。あるインタビューでは、別の活動家について「痛い目に遭わせておいた方がいいかもな」と言った。

 ラスベガスの集会でトランプ氏は、「顔面にパンチを食らわしたい」と言った。ノースカロライナ州ファイエットビルでは支持者の一人がこれをそのごとく実践した。連れ出されようとしていた反対派活動家の顔面を殴ったのだ。この支持者は暴行で起訴された。

 トランプ氏はこの暴行事件に責任はない。しかし、それを非難しなかったことには責任がある。これについて尋ねられるとトランプ氏は、のらりくらりと言い訳を考えた末「夢中になっていたんだろう」と言った。どういうことだろう。夢中になれば人を思いきり殴ってもいいというなら、ジャングルに住んでいるも同然だ。

 トランプ氏は、この暴行犯が「国を愛していることは確かだ」と語った。反対派の活動家の顔を殴ることがどうして、愛国心の証明になるのだろうか。この暴行犯はテレビで、「今度会ったら、殺さなきゃな」などと言っている。

 何とリンチの予告だ。トランプ氏はこの男を非難するどころか、裁判になった場合は費用を負担するよう部下に調べさせると言った。

 この言葉は、今や共和党の最大派閥の指導者であり、共和党大統領候補指名に最も近い人物が発したものだ。そればかりか16日には、このまま代議員を獲得しても、過半数を得られなかった場合に党大会で指名が拒否される可能性があることについて質問されると、「暴動が起きるだろう」と答え、「暴動をリードはしないが、よくないことが起きる」と語った。

 これは、暴力の扇動ではないのか。法的には扇動には当たらない。しかし、普通に考えれば、その意味するところは誰でも分かる。

 国内に分断の雰囲気が満ちている。悪いことではない。これまでに何度もあったことだ。政治の本質は、このような分断を見つけ出し、強調し、議論し、最終的に解決したり、和解したりすることにある。政治は、敵対者を担架に乗せるという古いやり方を否定し、文明的な手段に訴える。

 現在のような混乱を生んだのは、政治が、分断だけでなく脅迫に満ちているからだ。これは分断された両者の間でいっそう強まっている。一方は、ボルシェビキスタイルの組織的で言論の自由を否定するアジテーション、他方は時に露骨な言葉で扇動し、脅すという手段を取っている。

 互いに利用し合っているが、ルーツは全く別だ。互いに反目し合い、どちらも危険で、強い非難を受けるに値する。

(3月18日)