非難かわすための囚人交換
核合意受け制裁を解除
イランが中東の覇権国家に
【ワシントン】オバマ氏は有能な大統領だ。イラン核合意はひどい合意だが、全体を見るとよくできている。ほぼ同時に実施された囚人交換は、16日に正式に発表された制裁解除から目をそらすために計画され、実際に実施された。共和党は、非難の矛先をこの囚人交換に向けた。
交換を非難したのは間違いだった。本当は、囚人の釈放を核交渉の前提条件にすべきだった。だが、合意は事前に交わされていた。事前にイランにウラン濃縮の権利を認めたのと同様だ。問題は、核合意の実施に関するこちらの義務すべてを果たす前に釈放を実施するかどうかだった。そして、そのごとく実行した。
共和党は、テロ国家と交渉すべきでないと言う。だが、交渉は実際にしているし、すべきだ。人質を取り戻す道はほかにないからだ。確かに、交渉する一方で、拘束される米国人は増えていった。米国人を拘束することで、いつも何かしら利益があったからだ。いずれにしても、今回の囚人交換で、これが今後も続くことになった。
今回はそれほど失ったものはない。7人のイラン人が釈放された。その中に米国人を殺害した者はいない。制裁違反者とハッカーが1人。制裁は事実上、終わり、白紙に戻った。
だが、不公平だという批判もある。米国が釈放したのは、適切な法手続きを経て有罪となった囚人だが、イランが釈放したのは、完全に無実で、不法に収監された人質だったからだ。
確かにそうだが、それがどうしたと言いたい。こちらには法の支配があるが、あちらにはないと言っているにすぎない。人質を見放せといっているわけではない。ナタン・シャランスキー氏は、完全に虚偽の罪で旧ソ連の強制収容所に8年間収容された良心の囚人だった。2人の本物のソ連のスパイと交換された。交換を拒否すべきだと誰が言えるだろう。
イランとの交換で非難できるところが一つあるとすれば、1人、もしかすると2人の米国人が取り残され、行方不明になっているということだ。だが、交換そのものは完全に理にかなっている。心温まる人道的なストーリーを作り上げ、ひどい国家間の合意から目をそらすために政府に巧妙に利用されただけだ。アラン・グロス氏の解放でキューバとの合意は評価され、カストロ兄弟に大きな恩恵をもたらしたのと同じだ。
2016年1月16日土曜日、つまりイラン核合意の「実施日」に実際に起きたことは、中東の地政学の歴史的変曲点となる出来事だ。イランは一気に、40年間のならず者国家の汚名を晴らし、国際社会での善良な一市民であることを宣言され、貿易、投資、外交の道が開かれた。破壊や攻撃を目指す国の方針を放棄したり、変えたりするという約束すらしていない。世界最大のテロ輸出国としての地位を放棄することもしていない。
一夜にして、鼻つまみ者から社会の一員になり、地域の支配的な大国になった。1000億㌦の資産の凍結が解除され、国際制裁はほとんどが解除される。原油取引だけで、何百億㌦がイラン経済に流れ込む。制裁解除の翌日、ロウハニ大統領は、5%成長を予測した。交渉開始前の2012年、13年の経済が縮小し、大赤字だったイランとは大違いだ。
イランの運輸相は16日、欧州から114機のエアバス機を購入することを発表した。欧州企業が一斉にイランに押し寄せ始めた。イランが不正をすれば「制裁を再発動」するというオバマ氏の夢物語に完全に逆行する動きだ。
世界の金融・貿易市場に復帰し資金を手に入れたイランは、内戦に足を取られて弱っていくアラブ世界をよそに、あっという間に中東の支配的国家となった。米政府は心配は要らないと言う。核合意によってイランの冒険主義は和らぎ、穏健派が力を増すというのだ。
だが、逆のことが起きている。決議違反の弾道ミサイル試射をこれ見よがしに行い、イランの大統領は、米国の取るに足らない制裁に、軍にミサイル計画の加速を命じることで応じ、拘束した米海軍兵士らの屈辱的な映像を撮り、公開した。
イスラム法学者らが国内でしていることに目を向けると、「制裁解除」の直後にイラン政府は、来月実施される国会選挙に立候補申請を出した約3000人の穏健派のうち2967人を不適格とした。最高指導者は、イランの政策は今後も変わらないと改めて表明した。つまり、他国への干渉を続け、反米は変わらないということだ。
1938年のミュンヘン会談から一夜明けると、欧州はドイツが大陸の覇権国となっていたのを目の当たりにした。17日、中東はイランがこの地域の覇権国になっているのを目の当たりにした。シリア、イエメン、イラク、ペルシャ湾岸諸国に影響力を持ち、ところによってはその運命を左右する。そこにはイスラエルの生き残りも懸かっている。
非対称な人質交換をめぐる議論は続く。
(1月22日付)