脅威に対し行動しない米国

Charles Krauthammer米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

イランが国連決議違反

動揺する中東のアラブ諸国

 【ワシントン】外交政策で降伏するとしたら、皆が取り込み中で、忙しい時がいいのかもしれない。

 話はこうだ。10月、イランは核搭載可能な弾道ミサイルの試射を行った。国連安保理決議の露骨な違反だ。オバマ大統領は何もしなかった。1カ月後、イランは再び、試射を行った。オバマ政権は国連で、これに軽く反応した。だが、何も行動しなかった。ホワイトハウスは12月30日になってようやく、わずかながら制裁を科すことを発表した。

 だが弱く、個人を対象としたもので、事実上のアリバイ工作だ。驚いたことにそうですらないことが明らかになった。政府はその日の午後10時までに屈服した。ホワイトハウスはメールを出し、制裁を実施しないことを明らかにした。一方のイランの大統領は、ミサイル計画を進めるよう軍に命じた。

 越えてはならないレッドラインは残されているのだろうか。まず、シリアの化学兵器だった。政府は、イランが過去の核活動について明らかにしない限り、核合意は交わさないと主張していた。イランは明らかにしなかった。さらに米国は、パルチン核実験施設の査察を受け入れなければ、核合意は交わさないと訴えた。イランは自国で査察し、自国で問題ないと発表した。そして弾道ミサイルだ。

 核合意は、イランが核活動を縮小することが前提だ。だが全く逆の影響が出ている。イランがどんな合意違反をしようと、イランが合意を放棄し、オバマ氏のレガシーをぶち壊しにしない限り、最小限の抵抗すらできない。

 わずか2週間前、イランの革命防衛隊はホルムズ海峡付近で合意後初の実弾発射演習を行った。そのうちの一発は、米艦艇ハリー・トルーマンから1500ヤードだった。

 これに対しオバマ氏は、何もしなかった。

 ペルシャ湾岸のアラブ諸国は、経済力はあるが腕力はなく、フランクリン・ルーズベルト時代以来安全保障を米国に頼ってきた。その湾岸諸国が慌てている。まだ核合意のショックから立ち直れていない。オバマ氏は、この合意以外のところで悪事を働いても合意が影響を受けることはないと宣言している。つまり、イランが、シリアとイエメンに積極関与しても、サウジアラビアとバーレーンで反政府活動をしても、テロを支援しても、その代償を払うことはないと保証した。

 オバマ氏は、核問題を切り離せば、イランのイスラム法学者らに周辺地域を支配する資格を与えることになるということが理解できていないようだ。しかし、サウジにとってそれは裏切りだ。サウジは最初から、オバマ氏がイラン寄りであることが分かっていた。中国でのニクソンのつもりでいる。イランを、中東を支配する戦略的パートナーにしようとしている。

 恐ろしいことだ。こんなことはあり得ない。あるとすれば、オバマ氏の手放しの融和策で、イランの冒険主義と強烈な反米主義が強まることぐらいだ。

 サウジは捨てられたと思い、慌てている。扇動的なシーア派反政府活動家ニムル・バクル・ニムル師を思い切って処刑したことで、中東は大混乱だ。イラン人はサウジ大使館に火を放った。サウジはイランと断交し、他のスンニ派国家もこれに追随した。

 サウジは包囲されたと感じている。これは思い込みなどではない。北では、イラク、シリア、レバノン、地中海に及ぶ「シーア派の三日月地帯」があり、イランが支配している。南では、イランが少なくとも2009年にはイエメンの反政府勢力フーシ派に武器の提供を始めていた。

 危険性は高まっている。イランは長い間、サウジ内の少数派シーア派の反政府活動を支援してきた。イランが最終的に手に入れようとしているのはペルシャ湾岸だ。サウド家が崩壊すれば、イランは誰もが認める地域の覇権国となり、新たな世界的大国となることができる。

 米国にとってこれは、1949年に中国が共産化されて以来、最大の地政学的敗北となる。オバマ氏はそれに気が付いていない。そればかりか、冷戦後の米国の秩序に対する3大脅威に対してまったく無関心だ。その中で最も目に付くのはイランだ。中国は南シナ海の現状を変えようとしている。先週、中国の沿岸から遠く離れた人工島に初めて航空機を着陸させたばかりだ。米国は中国の主張を否定し、ここは国際水域だと主張している。しかし、先月、B52がこれらの島々の上空を飛行したときは、不注意だったと謝罪した。

 世界はこれを見ている。もう一つの米国の敵であるロシアに対する対応も世界は見ている。オバマ氏は、クリミアを併合し、冷戦後の欧州を攻撃しているとして、ロシアを「孤立化させる」と誇らしげに宣言したが、何もしていない。ケリー国務長官は、ロシア外相の言いなりだ。オバマ氏は、プーチン大統領とトルコで会談し、パリでも会った。今は、シリア問題での協力を求めている。

 パックス・アメリカーナを否定しても代償はない。イランがミサイルを試射しても制裁すらない。それを米国の敵は知っている。同盟国も見ている。自立しないと、生き残れないかもしれないと感じている。

(1月8日)