露に復活の機会与えた米国
リセット外交が契機に
危機感を抱く同盟国
【ワシントン】2014年9月5日、ロシアの工作員がエストニアに侵入し、治安当局者を拘束した。ロシアは先週、非公開の裁判でこの当局者を15年の懲役とした。
これに対して国務省は声明を出した。北大西洋条約機構(NATO)事務総長は、ツイートを出した。米国もNATOも何もしなかった。ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると、欧州連合(EU)は、対応を協議するには時期尚早と表明した。
NATOの領土にロシアが図々しく入り込んだのは、オバマ大統領のエストニア訪問の2日後だった。米国のこの国の安全確保への関与を象徴する訪問であり、ロシアの取った行動は、プーチン大統領が米大統領を蔑んでいることの証左だ。プーチン氏は、オバマ氏が何もしないことを知っている。当然の帰結ということだ。
-プーチン氏はイランへの武器禁輸を破り、S300ミサイルのイランへの売却凍結を解除した。オバマ氏はこれを非難したものの、厳密には違法ではないと言った上で、「本当のことを言うと、ここまで持ちこたえてくれたことに驚いている」とプーチン氏に賛辞を送った。
-ロシアは、イランとの交渉の最終段階でオバマ氏を巧妙にだまし、イランとともに通常型兵器と弾道弾の禁輸解除を要求した。オバマ氏はこれを受け入れた。
プーチン氏はウクライナに侵攻し、クリミアを併合し、二つのミンスク停戦協定を破り、ロシア・ウクライナ国境を消し去った。オバマ氏はこれに対して申し訳程度の制裁を科し、無意味な警告を出し、プーチン氏を刺激しないようウクライナに自衛用の兵器を提供するのを拒否した。
これに東欧諸国が反応した。2月にリトアニアが徴兵制を復活させることを決定した。戦略的にはあまり意味はない。ロシア軍が侵攻すればリトアニアは1日と持たないからだ。だが、大きな象徴的意味を持つ。東欧諸国は自国領に恒久的基地を設置するようNATOに要求してきた。ロシアの侵攻に対してNATOと米国が強力な対応を取れるようにするためだ。
NATOは拒否した。代わりにオバマ氏は、バルト諸国とポーランドでの軍事演習を増やすことを提案した。250両の戦車と装甲車両を追加配備したが、同盟国7カ国に分散した。プーチン氏はロシアが帝国を失ったことに強い怒りを抱いているが、それはオバマ氏が大統領になるずっと前のことだ。この怒りは帝国の復活に向けられ、再征服を政策として進めている。だがこれを実行するには機会が必要だ。オバマ氏の6年半にわたる「リセット」外交がまさにこの機会となった。
ロシアは第2次大戦後、西方拡大の障害となっているのは、退廃的な平和状態を謳歌(おうか)する欧州ではなく、西側の安全の守護者としての米国であることを認識していた。ナイーブで優柔不断なオバマ氏は、この守護者としての役割をあいまいにしてしまった。
これはリセットボタンで始まった。オバマ大統領の就任宣誓から2カ月足らずで、これ見よがしに始められた。その半年後、米国はポーランドとチェコが合意していた防空ミサイル配備を一方的に中止した。これも、プーチン氏を刺激しないためだ。
2012年になってもオバマ氏は依然として状況がよく分かっていなかった。ミット・ロムニー氏のまねをして、ロシアが「米国の最大の地政学的脅威であることに疑いはない」と気の利いたことを言ったことがある。「1980年代の外交政策を復活させることが求められている」と言ったものの、最終的には「冷戦は20年前に終わった」という説明で落ち着いた。
15年になって同じような要求が出てきた。オバマ政権の高官がロムニー氏の過去の発言が正しかったと主張したのだ。オバマ氏が指名した次期統合参謀本部議長が、「ロシアは米国の安全保障にとって最大の脅威だ」と主張した。2週間前には、退役するオディエルノ陸軍参謀総長が、ロシアは米国の「最も危険な」軍事的脅威だと語った。国防長官はさらに踏み込み「米国にとってロシアの脅威は現に存在する」と指摘した。
冷戦は終わっていなかったということも明らかになった。プーチン氏は反撃を目指している。オバマ氏がロシアの真意を全く見誤ったことが原因でパワーバランスが変わった。米国の同盟国はこれを感じている。
東欧諸国だけではない。エジプト大統領はこの4カ月間で2回モスクワを訪問した。エジプトは、40年にわたってロシアを避け、米国にとっては中東の主要アラブ同盟国だ。
ロシアへの警戒心がもともと強いサウジアラビアも、オバマ氏が核交渉でイランに屈し、中東の大国となる道を開いたことに衝撃を受け、新たな道を模索している。サウジはサンクトペテルブルクで最近開催された経済会議で、プーチン氏をサウジに招待し、ロシアもサルマン新国王をプーチン帝国に招待してこれに応じた。
ケリー国務長官がノーベル賞を目指し、オバマ氏が大統領図書館のプランの練っている一方で、プーチン氏は、オバマ氏の残る1年5カ月間の大チャンスをどうものにするかを考えている。






