避難受けたシリア難民支援

Charles Krauthammer米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

大虐殺逃れたユダヤ人

キリスト教徒救出で恩返し

 【ワシントン】キリスト教徒は、イスラム教徒より600年も前から中東に存在していたが、中東から一掃されかねない事態に直面している。エジプトのコプト教徒は、シシ大統領のもとで一息ついている格好だが、ムスリム同胞団の前政権下で迫害を受け、イスラム教徒が90%のエジプトで生きることの大変さを思い知った。ほかの国ではもっとひどいことが起きている。リビアでは、キリスト教徒であるという罪で、「イスラム国」系組織によって21人のコプト教徒が首を切られた。シリアとイラクの「イスラム国」が支配する広大な地域で、キリスト教徒は大変な目に遭っている。奴隷にされ、追放され、拷問され、殺害され、十字架にかけられている。

 中東ではこの数十年間に、政治的イスラムが台頭し、残虐な宗派間の戦いが激化する中、キリスト教徒の多くがこの地域を去った。レバノンのキリスト教徒はかつて、人口の半分以上を占めていたが、今では約3分の1とみられている。パレスチナ自治政府が支配するヨルダン川西岸のキリスト教徒も減少している。ベツレヘムを例に取ると半分になった。もちろんそうでない所もある。イスラエルだ。キリスト教徒は、アラブ人であれ、非アラブ人であれ、守られ、市民権も得ている。数も増えているが、ここでは触れない。

 最大の危機にあるのはシリアのキリスト教徒だ。4年前は約110万人だったが、70万人が国外に避難した。国内に残っているキリスト教徒の多くは、過激なイスラム教徒の支配を受けるか、各勢力間で十字砲火を受けるかしている。比較的人口の多いキリスト教世界が傍観する中で、中東のキリスト教徒の例ではっきりと示されたように、世界のキリスト教徒の未来も、イラン、ヒズボラ、アサド王朝、「イスラム国」、ヌスラ戦線など各地の勢力、自国の優位を目指す地域内の各国によって決められる。

 一方、小さな規模での対応は可能だ。3週間前に、シリアの150人のキリスト教徒難民が、飛行機でポーランドに入った。

 これは、ワイデンフェルト避難所基金が行ったもので、飛行機のチケットを提供し、生活を立て直すまでの1年半、避難民を支援する。

 この活動を進めているのは、ジョージ・ワイデンフェルト卿だ。一代貴族であり、慈善家、1949年設立のワイデンフェルト・アンド・ニコルソンを経営する出版者、古典的なリベラルな欧州の価値観を推進する戦略的対話研究所を設立した欧州主義者、世界ユダヤ会議の名誉副会長でありユダヤ人であることに誇りを持ち、イスラエルのワイツマン初代大統領の官房長を務めた根っからのシオニストである。ウィーン大学で決闘した最後の人物。本人に聞けば喜んで話してくれるだろう。ナチスの学生と剣で戦ったが、もちろん死者は出ていない。

 現在95歳のワイデンフェルト卿は、ドイツ語の「トールシュルスパニク」という言葉を引き合いに出して、自身が「せっかちな理由」を説明したことがある。ざっと訳せば「扉が閉まりそうになり慌てる」となる。私の遠縁に当たり、連絡し合うこともよくあるワイデンフェルト卿は、健康で、とてつもなくエネルギッシュであり、側に出口の扉などないようにみえる。しかし、世界にほぼ見捨てられた格好のシリアのコミュニティーで扉が閉まろうとしていることに大きな懸念を抱いている。

 そのため、ワイデンフェルト卿は、非常に小さな規模だが、救出を実行する。2000世帯を救出することがその目的だ。無慈悲な戦闘員らが起こした大虐殺に比べれば微々たるものだ。23万人が死に、2200万人が家を捨てた。だが、大切な命を救うことができる。ワイデンフェルト卿にとっては、それが大事なのだ。

 しかし、キリスト教徒しか救出しないと非難されている。実際に米政府は協力しない。ヤジディ派、ドルーズ派、シーア派が救出計画に含まれていないからだ。

 正直者がばかを見るというのはこのことだ。奇妙な話だ。何かしようとしても、すべてができなければ非難されるのだから。ワイデンフェルト卿が無限の資産を持っていれば、この非難は当てはまるかもしれない。ところが実際は、「世界全体を救うことはできない」と言っている。当たり前のことだ。アラブ諸国、とりわけペルシャ湾岸の王国も、資源がなければ非難されることはまずない。数少ないところから少しずつ、数多くの人々のために出している中で、ワイデンフェルト卿は自身ができることをしているだけだ。

 個人的な事情もある。1938年、まだ10代だった時、プリモス兄弟団にウィーンからロンドンに連れてこられ、支援を受けた。忘れられない出来事だ。77年前にキリスト教徒がしてくれた恩に報いたいとワイデンフェルト卿は説明している。そうすることで、150人に希望と命をも与えている。その数は、じきに数千になる。ワイデンフェルト卿はほとんどの人がしないことをやってのけた。単純で、明確な意思に基づく正義だ。

(7月31日)