「新地平」を開く冥王星探査
発見者の遺灰を搭載
太陽系外でも相次ぐ新発見
【ワシントン】何か景気のいい話はないものだろうか。パルミラの遺跡が破壊され、キタシロサイは絶滅の危機に瀕(ひん)し、欧州統合への最も野心的な試みは脅威にさらされている。感染症がはやっている。そういえばディスカバリー・チャンネルの「シャーク・ウイーク」が始まった。世界を元気にしてくれるものはどこにあるのだろうか。
探査機「ニュー・ホライズン」はどうだろうか。7月14日に冥王星に到達する。小型軽量で最速、地球から9時間で月を通り過ぎるほどの速さだ。スタインウェイと同じくらいの大きさの高速弾丸だ。9年半で太陽系外縁に到達した。
冥王星は「準惑星」に格下げされ、8惑星の外側、太陽系の「第3領域」に位置する。ここはカイパーベルトと呼ばれ、岩石、氷などの破片から成る巨大な輪から成る。ここで最大の天体は準惑星だ。
30億マイル(48億㌔)を経て、ニュー・ホライズンは14日に、五つの衛星を持つ冥王星の小さな惑星系を通過する。衛星には、カロン、ステュクス、ニクス、ヒドラ、ケルベロスと壮大な名前が付けられている。
どうして通過なのか。他の惑星がほぼ同一面上にある一方で、冥王星とその衛星は、巨大なアーチェリーの的のような軌道面に対して傾いた面上を周回しているからだ。ニュー・ホライズンは、1度標的に命中し、通過する。周回したり、何カ月も周辺にとどまって写真を撮ったり、調査したりはしない。打ち直しは利かない。操縦もできない。地球からの信号が到達するのに4時間半かかるからだ。事前にプログラムされた、一回きりの9日間の旅だ。
何のためにこのようなことをするのか。まず、科学のためだ。新しい情報が大量に得られる。考えてみれば、人類は85年前まで冥王星の存在を知らなかった。天文学者のクライド・トンボーが星々の間を通過する奇妙な小さな点を発見した。
だが今でも、この星のことはほとんど知られていない。五つの衛星のうちの二つは、ニュー・ホライズン打ち上げ後に発見された。来週には、全くの新世界を目にすることになる。主任調査員のアラン・スターン氏はこのミッションに関するニューヨーク・タイムズ紙の素晴らしい記事で「教科書を書き換えようとしているのではない。ゼロから書こうとしているのだ」と述べている。
ロマンもある。冥王星を通過すると、半世紀にわたる太陽系の探査の仕上げとなる。これらの探査で驚くべき新事実が明らかになった。例えば、木星の衛星の一つエウロパは、地表の氷の層の下に巨大な地下の海があることが分かり、人類が地球外に住める土地として最有力候補となっている。
太陽系外惑星も発見が相次ぎ、有望視されている。水を必須とする生命体に適した生命居住可能領域であると考えられる遠方の周回する星々だ。しかし、これらには到達できない。一番近いものでも到達するのに、ニュー・ホライズンの速度で28万年かかる。単に通信するだけでも大変な困難が伴う。ただあいさつするだけでも、「こんにちは」と言って返事が返ってくるまでに1世代かかる。
トラピスト会修道院のジョークの銀河系版だ。7年ごとに1度の食事で1人の僧が一言だけ話すことが許される。1人の若い新人が入ってくる。7年後に1人の僧が食事の場で「スープが冷めている」と言った。
7年の沈黙の後に、違う僧が立ち上がって「パンが硬い」と言う。
7年後、年を取った新人が立ち上がって「こんな些細(ささい)なことで言い争うのなら、ここを出る」と言う。
スタートレックに出てくるクリンゴンと会話するとしたらこんな感じだろう。ただ、もっと時間がかかる。太陽系にこだわるのはそのためだ。探査を行うのは、科学やロマンのためだけではない。人類は、2足歩行し、指でつかむ能力を持つようになり、木から地上に下り、つい最近になって飛ぶことを覚えた。今では、遠方と交信ができ、音、動き、像を再現でき、文明の初歩的な礼節をわきまえることもほぼできる。9年半かけて到達した未知の世界を近くで撮影し、科学的に分析することもできる。
最後の仕上げだ。ニュー・ホライズンは、速度を上げ、装備を詰め込むために、余分なものはすべて取り払った。しかし、1点だけ譲歩した。ニュー・ホライズンには、クライド・トンボーの遺灰が積まれている。トンボーはようやく、自身が発見したあの点に到達する。冥王星の側を通過するだけではない。米自然史博物館のカーター・エマート氏が指摘したように、太陽系外に遺灰が持ち出される最初の人類になる。
人類は、生き残るための困難な戦いを経てきた。そのために精いっぱい飛翔することが必要なときもある。
(7月10日)






