電子化で医療の質が低下へ
失われる医師独自の感覚
費用嵩み廃業する開業医も
【ワシントン】約10年前、友人の医師が、医療の現場の条件がますます悪化していることを嘆いていた。この友人は笑いながら「どのような経緯で、1978年に医療の現場を離れようと思ったのか」と聞いてきた。
「やめようと思ったわけではない。先のことなど分からなかった。ただ、私にはこの仕事は合わないと思っただけだ」と答えておいた。
医学部の40回目の同窓会の会報を受け取り、記事の一部を読んで、このやりとりを思い出した。私の同窓生らはほとんどが、家族にも、友人にも恵まれ、仕事でも大変な業績を残している。しかし、医療の現場での慣行には深い失望感を抱き、意気阻喪という感じだ。
経済的な不満があるわけではない。仕事に不満があるのだ。常に仕事に干渉され、自主性とか権威といったものが損なわれ、医師から「調達屋」に変わってしまう。
その一人がこう記している。「廃業した私の同僚は皆言う。まだ患者の治療がしたいし、医師でありたいと。ただそれ以外のすべてに耐えられなかった」。何を言いたいかというと、「政府、保険会社、弁護士らから絶え間なく攻撃を受け…、ますます押し付けがましくなり、常に非生産的なルールや規則」は、「請求書と法的文書」しか作成しない電子カルテ(EHR)と同様、医療の質を落としたということだ。
至る所でこんな話を聞く。話を聞いたほぼすべての医師、医師グループが同じことを言っていた。特にEHRに対しては手厳しい。同窓生の一人がこう書いていた。「電子カルテが私の病院に導入されてからというもの、文書作成の必要性がかなり高まり、以前に比べて患者の3分の1しか診られなくなった。初めて廃業ということを真剣に考えた」
医師に対する同情はないかもしれないが、医師と直接接する機会が大幅に減り、40年間の病院での貴重な体験ができなくなったことについて考える人はいるかもしれない。
どうしてこうなったのか。オバマ大統領は選出されたばかりの2009年、国民に対して「節約できるのは何十億㌦だけではない、何千もの雇用が生まれ、命も救われる」と語った。政府は年間770億㌦だと言っていた。その後、15年までのペーパーレス化に270億㌦を投じた。
15年に何が達成できたのか。270億㌦は消えてなくなった。770億㌦の節約はうそだったのだ。実際に厚生省監査官が14年に「EHR技術のせいで(メディケア詐欺のような)不正をしやすくなる可能性がある」と報告している。コピー・ペースト機能を使って大量のデータを書き込むことができ、請求の水増しも容易になった。
これは失う物の一部にすぎない。無数の小さな開業医が、機器、ソフトウエアの移行、訓練などに巨額の費用と時間がかかり、廃業し、破産し、大規模な組織にのみ込まれていった。
しかし、医療保険警察の監視の目を逃れることはできない。15年1月1日時点で、電子化されていないと、メディケアの補助金は今年1%カットされ、次年以降は3%カットされる。5%になる可能性もある。
医師の時間と患者の治療が犠牲になっている。アメリカン救急医療ジャーナルに掲載されたある研究によると、緊急治療室の医師は、時間の43%を電子カルテへの入力に費やし、患者との時間は28%だ。個人経営の医師は1日平均48分を診察データの入力に費やしているという報告もある。
数字のことは取りあえず置いて、病院に行った時のことを考えてみてほしい。医師は、スクロールし、クリックし、チェックボックスにチェックを入れるのに忙しく、話を聞いてくれる時間も、診察時間も減り、目も合わせなくなったのではないだろうか。
自信満々にこれらを導入した天才たちは、医療保険を合理化したと思っている。銀行が電子化されたのに、どうして医療はしないのかということだ。
銀行取引が電子化されたのは、扱うのがデータだけだからだ。心音を聞くこともないし、鼠蹊(そけい)部を触診することもない。無数の電子書類のボックスをクリックすることで患者をデータマシンに変えてしまい、医師の独自の微妙な感覚や判断は失われてしまった。
どうしてこのようなことになったのか。リベラル派が開業医の独自の知恵を信用していないからだ、開業医もすでにEHRの導入を始めているが、技術が成熟し、費用も負担可能なレベルになるのに合わせて、徐々に組織的に進められている。それにもかかわらず、連邦政府は唐突に期限を持ち出し、15年までの電子化を宣言した。
結果は散々だ。EHRは、医療保険のソリンドラだ。数多くの人々が270億㌦の恵みを受けた。それもそこまでだ。資金は浪費され、診察の質は低下し、優秀な医師は脇に押しやられた。
私の同窓生らもそうだ。患者のケアは好きなのだが、今はデータ入力に忙しい。






