西方へ勢力拡大するイラン

チャールズ・クラウトハマー米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー

制裁に反対する米政府

イエメンでシーア派が攻勢

 【ワシントン】イランが核兵器保有の野望に向かって進んでいることをめぐってホワイトハウスと議会が激しく衝突している一方で、ワシントンではイランがアラブ世界の支配へ着々と歩を進めていることはほとんど見過ごされている。アラブ世界はこれに気付き、親米アラブ諸国、とりわけ湾岸諸国は懸念を強めている。

 イランの支援を受ける武装勢力フーシ派が今週、親米のイエメン政府を支配した。同派は昨年9月、首都サヌアでの攻勢を強め、今月20日には大統領宮を占拠し、22日には大統領を辞任に追いやった。

 イエメンはスンニ派が多数派であり、フーシ派をめぐっては国内で宗派対立が生じていた。フーシ派は、シーア派のイランの影響下にあり、イランから武器の提供を受け、訓練を受け、指示も得ている。スローガンの「神は偉大なり。米国に死を、イスラエルに死を」は、ペルシャ語で書かれているのかもしれない。

 この政変に注意を向けるべき理由は何だろうか。第一に、同国内のもう一つの脅威である「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」への無人機攻撃にはイエメン政府の協力が必要だ。イエメンの米大使館を維持できるかどうかすら不明確であり、AQAPに対する作戦を続けられるかどうかも分からない。第二に、イランの影響力が、中東全域の米国の同盟国と権益に大変な脅威となっている。

 シリアでもイランの影響力は増している。イランの宗教指導者らは、武器、資金、革命防衛隊を送って動揺するアサド政権を救った。さらにレバノンのヒズボラに命じ、シリアでの戦いに参加させた。これは成功した。穏健な反政府組織は統率が取れず、アサド大統領は、シリアの広大な地域を支配する「イスラム国」と事実上の共存関係にある。

 イランがシリア支配を強めていることは、ゴラン高原で18日に起きた奇妙なことでも説明がつく。イスラエルのヘリコプターが休戦ラインのシリア側の車列を攻撃した。殺害されたのはシリア人ではなく、レバノンから来たヒズボラの戦闘員と7人のイラン当局者だった。イラン当局者の中には准将も含まれていた。

 ゴラン高原で何をしていたのだろうか。「重要な助言」をしていたとイラン政府は発表した。何に関して助言していたのだろう。その3日前、ヒズボラの指導者が、イスラエルのガリラヤ地方への攻撃を警告していた。イラン政府は、支配しているシリアとイラクを使って、イスラエルに対する戦線を築こうとしているように見える。

 イスラエルは通常の攻撃ならどんなものも撃退できる。だが湾岸のアラブ諸国は違う。湾岸諸国は、イランが北西方向に向かって影響力の及ぶ「シーア派の三日月地帯」作ろうとしているとみている。地中海まで広がる、イラク、シリア、レバノンを含む地域だ。一方、南西方向では、代理組織を通じてイエメンを支配しようとしているとみている。湾岸はこの二つに挟まれる格好になる。

 サウジアラビアは、持っている唯一の武器でこれに対抗している。供給過剰の原油市場に大量の原油を供給し、価格を急落させ、イランに強力な経済的圧力をかけている。イランが財政を維持するには、原油価格136㌦が必要だが、現在は50㌦を下回っている。

 しかし、オバマ政権は、イランのシリア支配という現状を受け入れようとしているように見える。ニューヨーク・タイムズ紙に、これまで主張していたアサド政権の排除を基本的に放棄すると語ったからだ。

 サウジなどの湾岸諸国にとって、これは悪夢だ。イランとの大規模な地域戦争に巻き込まれ、敗北を続けている。イエメンを失い、レバノンを失い、シリアを失い、米軍撤退後のイラクでイランが影響力を増している。

 この悪夢は、イランが核兵器を保有すればさらに複雑化する。サウジはすでに、米国がイランと背後で秘密交渉を行ったことに驚いている。現在の交渉が、イランの核保有国化を認める方向に向かっていることも分かっている。

 ここで不可解なのは、イランが核計画の放棄で合意しなかった場合に発動される制裁を承認することで、米国の交渉力を強めようという議会の提案に、オバマ政権が真っ向から反対していることだ。

 民主党のボブ・メネンデス上院議員がオバマ氏に対して、イラン政府の主張を訳も分からず繰り返しているだけではないかと訴えた。制裁緩和を新しい指針とすべきだというイランの主張をどうして米国が受け入れねばならないのだろうか。オバマ氏は国民に対し、制裁は緩和するが、時間切れを迎える土壇場の交渉を成功させるための一時的な譲歩だと約束していた。

 その後、交渉期限が2回来たが、新しい制裁は科されず、交渉が条件付きで延期された。

 中東の同盟国であるサウジなどの湾岸諸国、ヨルダン、エジプト、イスラエルは懸念を強めている。イランは、現実に支配を拡大し、核の獲得に堂々と進んでいる。だが最強の同盟国であり、2世代にわたってこの地域の戦略的支えになってきた米国は、イランの勢力拡大、核保有の両方を受け入れようとしている。

(1月23日)