外交戦略持たないオバマ氏
米コラムニスト チャールズ・クラウトハマー
遅すぎるイラク支援
シリアは分断の可能性も
「大国には組織化原理が必要だ。『ばかなことをするな』は組織化原理ではない」-ヒラリー・クリントン氏、米誌「アトランティック」8月10日。
【ワシントン】オバマ大統領の外交政策の持つ致命的な欠陥、つまり戦略的思考の完全な欠如について指摘するのはオバマ政権の前国務長官に任せておこう。
思い出してほしいことがある。オバマ氏は、壮大な言葉を用いて、壮大な構想を幾つか打ち出した。カイロで宣言したイスラムとの「新しい始まり」、ジュネーブで発表したロシアとの「リセット」、プラハでは世界中の核廃絶を宣言、ワシントンでのサミットで仰々しく発表された。現実から乖離(かいり)したこれらの構想はすべて、跡形もなく消えた。
現実世界で政策を実行するときオバマ氏は、その場の状況に合わせ、臨機応変に対応してきた。唯一一貫性があるところといえば、全体像を見損ねている、または見る気がないことだ。
1、ロシア
オバマ氏の関心はどこに向いているのか。ニューヨーク・タイムズ紙に、プーチン氏はその気になればいつでもウクライナに「侵攻できる」とのんきに語った。その上でオバマ氏は、もし侵攻すれば、「私の任期中にロシアとの間の協力的な関係を取り戻すことは、極めて困難になる」と主張した。
これがオバマ氏の関心事だろうか。ロシアが侵攻すれば、冷戦後の秩序に明確に反する。米国の頼りなさを示すものであり、米国にとっては屈辱的だ。バルト諸国、ポーランドなど脆弱(ぜいじゃく)な米同盟国にとっては衝撃的な出来事だ。だがオバマ氏が心配しているのは、侵攻後のプーチン氏との関係ということだ。
2、シリア
オバマ氏は、シリアの化学兵器使用をめぐって自ら宣言したレッドラインをうやむやにすることで、世界中で米国の信頼がどれだけ損なわれたかをまだ理解していないようだ。
同様に、クリントン国務長官、パネッタ国防長官、ペトレイアス中央情報局(CIA)長官の進言を無視し、世俗的な反政府勢力への武器の供与を、まだ可能だったにもかかわらず拒否したことが、どのように理解されているかも理解していないようだ。武器供与を「幻想」としてあざ笑った。素人に武器を渡して、「ロシア、イラン、戦い慣れたヒズボラが支援」し、十分な武器を持つ政府と戦わせることになるというのがその理由だ。
オバマ氏はこれによって、ロシアなど国外からの支援が、アサド政権との内戦の結果を大きく左右することを認めた。にもかかわらず、米国の支援は無意味だとして拒否した。つまり、敵対的な外部勢力を抑止し、対抗することで友人を守るという米国の伝統的な役割を軽視していることを世界に公言した。
3、ガザ
中東の穏健な米同盟国はすべて、エジプトの最初の停戦案を歓迎した。だが米国は、カタール、トルコ、ハマスの代理人らと会い、その要求に加担し、同盟国を驚かせた。オバマ氏は、汎アラブ・イスラエル連合が、異例で無言の連携でハマスを引きずりおろすのを妨害することになることが分かっていなかったのか。ハマスの母体はムスリム同胞団であり、米国の戦略的に重要な標的だ。
オバマ氏にビジョンが欠けていることは、現在の政策の転換を見れば分かる。失敗をはっきり認めたからだ。オバマ氏は次のエジプトの停戦案を支持した。ようやくシリアの反政府勢力に武器を供与する。イラクにも米軍を戻す。
世俗的なシリアの反政府勢力に5億㌦の支援を提示したが、悲しいことに遅すぎた。アサド氏は、反政府勢力の最後の主要拠点であるアレッポをほぼ包囲している。ここを政府軍が奪還すれば、革命は終わる可能性がある。
そうなると最悪の場合、シリアは、イスラム国と、イランとロシアが完全に支配しているアサド政権との間で分割される。
イラクでも、支援の規模は小さく、手遅れだ。オバマ氏は、イスラム国がファルージャを占拠して7カ月、モスルを占拠して9週間もたってようやく、クルド人が喉から手が出るほど欲しかった武器の提供を始めた。
だがそれも、小火器であり、CIAを通じて極秘で供与することになっていた。クルド人は完全に劣勢に立たされている。クルド勢力の弾丸は、イスラム国が捕獲しクルド攻撃に使用している四輪装甲車に跳ね返されている。
国防総省は大規模な空輸作戦を行い、クルド治安部隊ペシュメルガに装甲車、対戦車砲などの重火器を提供すべきだ。
どうして針で刺すような空爆だけなのか。イスラム国とクルドの戦線は長さ900㌔に及ぶ。国防総省は、野砲やトラックを攻撃する現在の戦術ではイスラム国の勢いをそぐことも、戦闘の流れを変えることもできないことを認めている。
戦闘の流れを変えることが戦略的目標だ。だがこれは、オバマ氏の計画の中にないようだ。
(8月15日)