「アイヌ語地名と北海道」特別展
身近な地名から歴史読み解く
北海道博物館学芸副館長 小川 正人氏に聞く
北海道博物館は昨年、北海道命名150年を機に、その名付け親とされる松浦武四郎の特別展を行った。そして今年は、それを受け継ぐ形で特別展「アイヌ語地名と北海道」(7月6日~9月23日)を開催している。北海道の地名はその多くがアイヌ語に由来する。そこで北海道の地名を探ること、また地名を通して北海道の歴史を探ることの意義を同館学芸副館長兼アイヌ民族文化研究センター長の小川正人氏に聞いた。
(聞き手=湯朝肇・札幌支局長)
ほとんどアイヌ語に由来
国宝級、重要文化財資料を展示
今回の特別展には国宝に指定されている資料が6点、国指定の重要文化財が33点展示されるなど、大掛かりな展示になっています。かなり力が入っているという印象を受けますが。

おがわ・まさひと 1963年、京都府生まれ。1986年、北海道大学教育学部卒(教育史専攻)。1994年、北海道立アイヌ民族文化研究センター、2015年、北海道博物館アイヌ民族文化研究センター長。2017年北海道博物館学芸副館長に就任。
今回の特別展は、「地名をしるす」「地名をあるく」「地名を見つめる」「地名をたのしむ」という四つの章からなっています。各章ごとに担当チームをつくり、それぞれの担当者がテーマごとに取り組みました。このため、各章がそれぞれに特色を持ち、工夫を凝らした内容構成になっています。「力が入っている」という印象を持っていただけたとすれば、こうした各章の意欲や工夫が伝わったのかなと思います。
その中でも第1章には、伊能忠敬の測量図に始まる、江戸時代の古地図や古記録の中でもアイヌ語の地名が記された貴重なもの、歴史上重要なものを集めて展示しています。準備期間は1年未満と短かったのですが、担当者はかなり精力的に全国の博物館や資料館を回って、訪問した博物館や資料館でさらにいろいろな調査をし、それぞれの所蔵機関からもいろいろとご配慮をいただきながら、今回こうして貴重な文献や資料をお借りすることができました。結果としてこれまでにない展示が実現できたと思います。例えば、伊能忠敬の北海道に関係する測量図の主立ったものほとんどを、展示することができたのは今回が初めてです。
近藤重蔵や間宮林蔵などわれわれが知っている人の古地図も展示されていますが、あまり知られていない人の展示もありますね。
近藤重蔵は北海道史の中で択捉島に「大日本恵土呂府」の標柱を建てた人として有名です。彼自身、自分で北海道の各地を回って大事な地図を残しています。その近藤重蔵が作った地図をまとめて見ることができるのも今回の特別展の楽しみの一つでしょう。また、今井八九郎という人物がいます。この名前を知っている方は今もそんなに多くないのではないでしょうか。間宮林蔵や最上徳内などは中学、高校の教科書にも出ていますので、知っている人は多いと思いますが、今井八九郎は、普通の北海道の歴史の本を読んでもあまり出てこない人です。しかし、彼は北海道内のいろいろな島すなわち利尻、礼文、奥尻島、それから色丹島や択捉島まで行って地図を作り、さらに北海道の内陸部の河川の測量を行いました。道北の天塩川上中流域、今でいう名寄、士別、音威子府などの辺りなどは今井八九郎によって初めて比較的詳しく地名が記されたと言えます。そういう意味で今回の特別展は、あまり名が知られていないけれども北海道の測量史の中で重要な事業に携わった人々の業績もまとめて紹介できたことも、特色の一つだと思います。江戸時代の貴重な地図があるというだけでなく、「地名をしるす」というストーリーに沿って貴重な古地図を残した先人の仕事ぶりをまとまった形で紹介しているのも興味深いのではないでしょうか。
今回の特別展の案内には、北海道博物館のオリジナル企画と銘打っていますね。
そうですね、今回はテーマや内容構成などについて、当館が独自に企画を進めてきました。もちろん、たんにオリジナルに着想した、ということではなく、昨年は北海道命名150年でしたので「幕末維新を生きた旅の巨人」をサブタイトルに松浦武四郎の特別展を行いました。当館としては、それで終わりではなく、どうやって今後に繋(つな)いでいくか、次の200年にどう見据えていくべきか。そう考えたとき、151年目は大事な年になるだろうということで、北海道の名付け親ともいうべき松浦武四郎を引き継ぐ形で、道民の生活にも関わりのあるアイヌ語の地名を軸にして企画を立てた、ということになると考えています。
関連事業では講演会や解説セミナーが頻繁に設けられていますね。
今回は講演会が13回。展示解説セミーを5回ほど設けています。計画当初から、せっかくの企画展なので、皆さんにさまざまな形で訴える機会や場をつくりたいという思いがありました。展示会を開いてそれで終わりではなく、次に繋がるもの、残るものをつくりたいという思いがありましたので、例えば、第4章の「地名をたのしむ」では子供が遊ぶコーナーがありますが、そこで使われた展示物は特別展が終わっても、別の企画でも使えるものをつくりました。今後も子供の学習に使える素材をつくっておくことで、後に残るものにしたわけです。
それから、講演会ではテーマごとに研究の第一人者を招いています。例えば、第1章で取り上げた今井八九郎については、当館非常勤研究職員で北海道大学アイヌ・先住民研究センター客員教授である佐々木利和氏、菅江真澄については石井正巳・東京学芸大学教授を招いて話をしていただきました。それは特別展の後半も同じです。もちろん、専門的な話にとどまらず、各地に伝わるアイヌの伝承や地名のうんちく話など気軽に聞けるセミナーも行っていますので、幅広い学びができると思っています。
北海道では来年4月に白老町に、アイヌ民族を主題とした初の国立博物館「国立アイヌ博物館」がオープンし、それらを含めた民族共生象徴空間「ウポポイ」がお目見えします。そうした点を踏まえても、時宜にかなった特別展ではないでしょうか。
「地名」というのは、誰にとっても身近な存在だと思います。私たちが生まれた所、育った所、印象に残っている所、思い入れのある所、そこにはすべて地名があります。北海道の場合、地名のほとんどがアイヌ語に由来しています。また、以前、アイヌ語の地名だった所が和人の移住などを経て、別の名前になっている所もあります。移住してきた人々にちなむ地名もたくさんあります。こうした北海道のさまざまな地名の一つ一つ、それらが現在に至るまでの歴史が、それぞれに北海道の姿を物語ってくれる存在だと思います。今回の特別展のコンセプトは、「地名をとおして北海道を見つめ直す」です。地名という誰にとっても身近な素材を、無理のない形で楽しみながら見ていただければと考えています。特別展は9月23日まで開催されているので多くの方に来ていただければと思っています。