北朝鮮の五輪参加団、ソフト戦術で韓国を翻弄
韓国・平昌冬季五輪に合わせ訪韓中の北朝鮮の芸術団や女子応援団が持ち前の美貌と芸達者ぶりで韓国の観衆を魅了している。核・ミサイルなどで周辺国の脅威になっている北朝鮮だが、今回は「平和の祭典」を舞台にしたソフト戦術でイメージチェンジを図るつもりらしい。感情に訴えられると脆(もろ)い韓国国民は早くも警戒心を緩めている。
(江陵=韓国北東部・上田勇実)
芸術公演や美女応援で魅了
体制も宣伝、「音楽政治」奏功
8日夜、江陵アートセンターで行われた「三池淵管弦楽団」による特別公演には十年以上ぶりとなる北朝鮮芸術団の韓国公演を直接聴こうと応募が殺到。倍率140倍の一般公募で選ばれた560人(当選者280人にチケット2枚ずつ)に政府が推薦した障害者などの社会的弱者や南北離散家族ら252人を合わせた812人が観覧し、各テレビ局が遅れて録画を放映した。
公演は民族衣装チョゴリを着た女性歌手グループによる北朝鮮の定番歓迎曲「パンガプスムニダ(お会いできて嬉しいです)」で幕を開けた。その後、1970年代から80年代にかけ韓国で流行した歌謡曲13曲を抜群の歌唱力で歌い上げたほか、世界各国の名曲をテンポよくメドレーで演奏した。観衆の大半が中高年だったことを念頭に入れた選曲だ。管弦楽団といってもバイオリンなど前列を占める弦楽器パーツはほとんどが若い女性で占められ、ノースリーブのピンクのドレスを身にまとい、リズムに合わせて体を軽快に躍らせた。バックのスクリーンに映し出された映像やレーザービームなども駆使し、全体的に観衆を舞台の世界に引き込む演出がふんだんに施されていたのが印象的だ。
ただ、一曲だけ北朝鮮の体制宣伝をにおわせる歌もあった。金正恩氏の権力継承を受けて6年前に発表された「走って行こう未来へ」だ。
赤いシャツに黒いショートパンツをはいた女性歌手5人が躍動感溢(あふ)れる踊りとともに歌い始めると、客席から大きな歓声が上がった。しかし、これは北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験に成功した後の祝賀公演でしばしば歌われてきたもので、「私の国、富強祖国を永遠に輝かせよう」という歌詞が出てくる。ただし、3番の歌詞に「一生に二度とない貴重な時期を労働党の歳月の上に金星として刻もう」と党への忠誠を促す内容があるが、「労働党の歳月」を「この地の草」という差し支えない言葉に変えるなど“配慮”も見せた。
観衆はスタンディングオベーションをしたり、感激の涙を見せる人も見られた。「北芸術団と韓国観衆が音楽で一つになった瞬間」(韓国メディア)だったようだが、北の立場からすれば「金正恩式音楽政治」(韓国の北朝鮮問題専門家)が奏功した形。11日にソウルの国立中央劇場で行われた2回目公演でもほぼ同じような光景が繰り広げられた。
一方、南北単一チームを結成した女子アイスホッケーの会場では北朝鮮の女性応援団が数カ所に分かれて応援した。統一旗を振り、リズムに合わせて声援を送る姿を傍(そば)で見ていた韓国の観衆たちは漠然と南北統一を願う思いを熱くしたようだ。
一見すると若い時期の金日成主席の顔にも似たお面を着けた応援が飛び出し、物議を醸すという珍事もあった。
金正恩氏の肝煎りで結成された数々の芸術団やガールズグループは朝鮮労働党の宣伝扇動部などに所属する。応援団も「出身成分に問題がないことを前提に行動規範などを徹底的に教え込まれている」(柳東烈・元韓国警察庁公安問題研究所研究官)。微笑の裏には本音が隠れているが、多くの韓国国民は気に留める様子もない。